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第57話:ルクレリア家

「本来であれば、軍隊蜂が破棄した巣から蜂蜜を採取しますので、まとまった量が市場に流れます。しかし、今回はかなり少量ですので、高値がついても不思議ではありません」

「マジですか……」

「はい、マジですね」


 フィアナさんの言葉を聞いて、完全にやらかしたことに気づいてしまう。


 貴重なものだと理解していたからこそ、俺はわざわざ軍隊蜂の蜂蜜を小瓶に移し替えて納品している。


 トレントの果実を売却した時の経験を生かして、それくらいの量が適切だと判断したからだ。


 それなのに、まさか逆効果に働いてしまうだなんて……。


「一般的には考えられないことですが、もし軍隊蜂の蜂蜜の在庫を大量に抱えているにもかかわらず、あえて少量だけ納品したのでしたら、とても商才があると思いますよ」

「心を読まないでください。俺は悪目立ちを避けたくて、わざわざ納品の量を減らしたんですからね」

「そういった意味では、目的を達成されていますね。現状でも周囲の視線を集めていませんし、オークションでも採取者が公表されることはありません。冒険者ギルドが代理で出品いたします」

「はあ~。それならよかったです」

「ただ、採取された場所は伝わりますので、カルミアの街に注目は集まります。今後は、軍隊蜂の巣に侵入するような無謀なことを考える人が出てくるかもしれません」


 実際に一攫千金を求めていた盗賊たちを追い払ったばかりなので、フィアナさんの言葉には説得力があった。


 仮にフィアナさんが騒ぎ立てていたら、近隣の山で軍隊蜂の蜂蜜が取れるようになったと誤解され、この場にいる冒険者たちが大騒ぎを起こしていただろう。


 危ない……。もう少しで自分の首を自分で絞めるところだった。


 こういう不測の事態に陥る恐れがあるのは、異世界の情報に乏しいことが一つの原因だと言える。


 その可能性を減らすという意味でも、やっぱりフィアナさんを仲間に引き込むべきだ。


 もちろん、彼女に無理強いするつもりはない。


 冒険者ギルドやフィアナさんが利益を得られるように、引き続き魔物の素材を売却して、大事な取引先だと認識してもらいたかった。


 その目的は、貴重な軍隊蜂の蜂蜜を納品したことで達成していたみたいで、俺はフィアナさんにジーッと見つめられている。


「トオル様は、冒険者ギルドや商業ギルドに登録される予定はないんですよね?」

「はい。特に仕事を始める予定もありませんね。幸いなことに、こうして売買を続けていれば、お金には困りませんから」

「おっしゃる通りですね。ただ、それは少々危険な香りがします」


 現在、危ない橋を渡り続けている最中の俺は、フィアナさんの不穏な言葉に耳を傾ける。


「先ほどの発言にしても、ハニードロップの一件にしても、トレントの果実にしても。トオル様の手元には、貴重な素材がたくさんあると推測することができます。資産だけでいえば、すでに貴族の領域……いえ、モンスター財閥と化している可能性がありますね」

「モンスター、財閥……」


 なんですか、その絶妙にダサい闇の組織みたいなネーミングは。


 まあ、魔物からもらった余剰素材を売却しているだけで大金持ちの道を歩んでいる身としては、言い返すことができませんが。


「トオル様が働かれているおつもりはなくても、周囲の人々からすると、冒険者ギルドに商品を売り込んでいると認識されるはずです。商人、もしくはそのたまごだと思われる可能性が高いでしょう」

「フィアナさんにも、そういう風に誤解されていましたもんね。まあ、武器も持ち合わせていないので、冒険者には見えないと思いますが」

「冒険者の活動をしていないのに、冒険者ギルドで何度も見かけることになれば、なおさら商人だと認識されやすいです。すでに貴族の間では、トレントの果実が大量に納品されたと話題になっていますので、トオル様に注目が集まるのは時間の問題かと」


 今は目立ちたくないが、トレントの果実を納品した人物が俺であることを隠すのは、もう不可能といっても過言ではない。


 冒険者ギルドで納品したところを多くの人に見られているし、商業ギルドで交渉したこともある。


 珍しいものを売買する商人と誤解されても、不思議なことではなかった。


「今後、ますますモンスター財閥が利益を上げていくことを考慮すると、それこそ悪目立ちする恐れがあります。トレントの果実にしても、軍隊蜂の蜂蜜にしても、貴重な素材の利益を独占しているように見えますからね」


 どうしよう。俺が所属する組織名、モンスター財閥に決まった気がする。


 いや、今はそのことを考えるのはやめよう。


 フィアナさんの言う通り、これはかなりマズイ状況のような気がするから。


「周囲から見ると、あまり面白い状況ではない。つまり、出る杭は打たれる、ということですね」

「おっしゃる通りです。冒険者ギルドにも商業ギルドにも所属しないとなると、後ろ盾がなく、危険な状況に陥りやすくなってしまいます」


 ここが日本だったら、金を銀行に預けて、甘い誘惑や詐欺に注意すればいいだけの話だ。


 しかし、貴族がいる異世界では違う。


 彼らに目をつけられたら、一気に立場が危うくなる恐れがある。


 盗賊がいることも考えると、大金を持っているというだけで、襲われるには十分な理由があると思ってしまった。


 知らないうちに危険な状況に足を踏み入れていたことを実感していると、手を差し伸べてくれるかのように、フィアナさんが真剣な表情を向けてくる。


「本当にギルドに所属されるおつもりがないのであれば、トオル様が取るべき行動は一つだけ。この街を治めるルクレリア公爵家に挨拶に向かうべきですね」


 領主様に挨拶だなんて大袈裟な……と言いたいところだが、今さらフィアナさんの言葉を疑うつもりはない。


 ただ、どこかでその家名を聞いたような気がして、不思議な感覚を覚えていた。


「いきなり領主様、それも、公爵様と身分の高いところに挨拶、ですか。さすがにハードルが高くないですかね」

「特に大きな問題はないと思われます。ちょうど()()もございますし、すでに()はトオル様に興味を持っておりますので」

「いやいや、そんなはずは……ん? 父?」


 あまりにもとんとん拍子に物事が進むことと、唐突に話題に出てきたフィアナさんの『父』という言葉に疑問を抱いた俺は、思わず言葉を詰まらせてしまう。


 そういえば、フィアナさんは貴族令嬢だったよな。


 あれ、もしかして……。


「ルクレリア公爵家は、私の実家ですね。トレントの果実の一件で話題になっておりますので、話は容易に通るかと」


 今まで気軽に接していたけど、まさかフィアナさんが領主様の娘だったとは思わなかった。


 俺、身の程もわきまえず、とんでもない人を仲間に引き入れようとしている気がする。


 まあ、フィアナさんが気にしていないどころか、話を通してくれるのであれば、願ったり叶ったりではあるが。


「わかりました。では、ルクレリア公爵家に取り次いでもらってもよろしいですか?」

「かしこまりました。一週間後、ルクレリア公爵家の屋敷で、冒険者ギルドとの会合があります。そちらでトオル様を紹介する形にしましょう」

「よろしくお願いします。そのような会合に招かれるのは、恐縮してしまいますが」

「会合といっても、ルクレリア家の担当は私ですので、実質は父娘で話し合うだけです。緊張される必要はないと思いますよ」


 フィアナさんの正体を知った以上、それはそれで緊張する……と言いたいところだが、これは良い機会かもしれない。


 軍隊蜂の蜂蜜を狙っていた黒幕が、ルクレリア公爵家なのかどうか、探りを入れることができるのだから。


 ここは入念に計画を立てて、万全を期して、ルクレリア家との会合に挑むとしよう。


「ちなみに、フィアナさんもトレントの果実は召し上がられましたか?」

「はい、おいしくいただきました。とても瑞々しくて、甘い果物でしたね」

「そうですか。では、それをお土産にするのは、インパクトにかけますね」

「お気遣いいただかなくても大丈夫です……と言いたいところですが、何かあった方がいいのも事実ですね。そのあたりは私が口を挟むことではありませんので、控えさせていただきます」

「わかりました。時間は十分にありますので、ゆっくりと考えてみます」


 なんだかサラリーマン時代の商談を思い出すなーと思いながら、俺は冒険者ギルドを後にするのだった。

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