第54話:お近づきの印
「ここだけの話、実は俺、魔物に好かれる体質なんですよ」
「……あまり芳しくない状態ですね。それは魔物の気まぐれで襲われなかった人が口にする言葉です。そういう方は帰らぬ人になるか、ポーションでも治らない大怪我を負われる人ばかりですよ」
「もちろん、襲われることもあるので、注意しています。でも、トレントとは友好関係を築くことができていますね。そういう理由でもない限り、こんなにトレントの果実を納品することはできないと思いませんか?」
「不思議な状況だとは思っています。トレントが何十体も生息しているような地域でなければ、これほど入手できるはずがありませんから」
なるほど。俺は相当おかしいことをやっていたみたいですね。
以前、冒険者ギルドの同僚の方がトレントの果実を見て、『ハエエエエエエエ』と驚いていましたけど、今ならあれが正しいリアクションだったと理解することができますよ。
「今すぐ信じていただかなくても構いません。ただ、他の人に知られたくはないので、口外しないでください。たとえ、それが冒険者ギルドの関係者や内部の人であったとしても、です」
「……なんだか穏やかではありませんね」
「高価な素材を簡単に入手できると知られれば、どういう形で利用されるかわかりませんからね」
黒幕の存在がわからない以上、下手なことを言うことはできない。
ただ、フィアナさんに信じてもらうべく、荷物袋からハニードロップを取り出して、彼女に差し出した。
「お近づきの印に……と言っては何ですが、もしよろしければ、こちらをどうぞ」
「黄金色の綺麗なものですね。最初は宝石かと思いましたが、それにしては軽いですし、肌触りが違います。こちらはどのようなものでしょうか」
「口で説明するよりも、こうした方がわかると思います」
荷物袋からもう一つハニードロップを取り出した俺は、先に口に入れて、安全なものだとアピールする。
まさか食べ物だと思わなかったのか、フィアナさんはハニードロップを見つめた後、恐る恐る口に入れた。
「花の香りが強く、優しい甘みを感じます。おそらく……蜂蜜を固形化したもののような気がします」
「正解です。蜂蜜で作った飴ですね」
「そうですか。なかなか面白いことをされているんですね。固形化することで、運搬をしやすくされているのでしょうか?」
「……ん? どうしてですか?」
「蜂蜜は魔物に狙われやすく、物流が安定しない品で、値段が落ち着かない品です。まだまだ飴のような甘味も貴族向けの品になりますので、そういうものを売買されている方なのかと思いましたが……、違いましたか?」
フィアナさんに純粋な疑問をぶつけられ、俺は先ほど名を明かしたばかりで、自己紹介していないことに気づく。
……職に就いているわけではないので、あまり言いたいことではないが。
「俺は山でのんびり暮らしているだけなので、商売をしているわけではありませんよ」
「そんな方がトレントの果実を何度も入手するなんて、本当に不思議な話ですね。素性を探りたいわけではありませんが、貴族向けの品を持ち歩いていることも、高額な品を売却し続けることも、不自然に思います」
「それは先ほど申し上げた通り、魔物に好かれた結果です。少々ずるい気もしますが、口止め料も支払いましたので、内緒にしておいてくださいね」
ハッと口元を押さえるフィアナさんは、このハニードロップを食べさせられた意味を、ちゃんと理解してくれたことだろう。
「……やられましたね。そういう意図がありましたか」
「まあ、いいじゃないですか。顧客の情報を守ることも、仕事のうちですよ」
「おっしゃる通りですが、冒険者ギルド内の人間にも口止めを要求されたことが引っ掛かります。普通はそのような条件を提示しません」
「まったくもってその通りです。でも、その飴は普通の蜂蜜で作られていませんよね?」
「えっ?」
思いもしない言葉だったのか、フィアナさんはピタリッと動きを止める。
しかし、口の中に含まれるハニードロップがなくなることはない。
飴が少しずつ溶け出しているように、徐々に答えを導き出しているであろうフィアナさんは、ゆっくりと動き始めて、口元に手を添えた。
「まさか、軍隊蜂の蜂蜜で作った、とは言いません……よね?」
「そのまさかですね。余分に持ち歩いているので、いくつか差し上げます。本当に軍隊蜂の蜂蜜を使用しているのか、確認してもらっても構いません」
「えっ? いや、あの、その……もしも本当だったら、いただいていいものでは――」
「信じていただけないことには、意味がありませんからね。遠慮なく受け取ってください」
フィアナさんの気が動転していることをいいことに、俺は強引にハニードロップを三つほど手渡した。
ポカンッとしてしまったが、今はこれでいいだろう。
トレントの果実と同じように調べてもらえば、あながち噓を言っているわけではないと思ってもらえるはずだ。
「ところで話が変わるんですけど、盗賊の目撃情報とかあったりしますか?」
「い、いえ……。それこそ軍隊蜂を恐れる傾向にあるので、この街で盗賊の話題があがることは滅多にありません。もしそのようなことがあれば、すぐに話が出回るかと」
「そうですか。盗賊の情報はないんですね」
「……盗賊がどうかされましたか?」
「いえ、大金を持ち運ぶとなると、そういう人たちが怖いなーと思いまして。もし情報が届いたら、教えてください」
今回の一件は、盗賊たちが入念に計画を立てていたことを考えると、長期間にわたって動いていたはずだ。
冒険者ギルドに情報が届いていないとなれば、盗賊たちが略奪行為をせずに過ごしていたと判断することができる。
情報が漏れないように、黒幕が物資を横流ししていたんだろう。
そこまでして計画を立てていたのは、一体どこの誰なんだ……?
そんなことを考えながら、俺は冒険者ギルドを後にする。
「あ、あの~……」
ハニードロップに呆気にとられたままのフィアナさんを置いていきながら。