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第53話:サイレントキラー

 フィアナさんがダラスさんを追い返してくれたこともあって、俺は冒険者ギルドを訪れた際、再び彼女の受付カウンターに足を運んでいた。


「先ほどはありがとうございました」

「いえいえ、とんでもありません。確か、以前にトレントの果実を売却された方ですよね」

「はい。トオルと言います」

「トオル様ですね。覚えておきます。本日はどのようなご用件でしょうか」

「またトレントの果実を買い取ってもらおうと思いまして」


 覚えてくれていたことに安堵して、俺は荷物袋からトレントの果実をドサリッと取り出した。


 その数、全部合わせて十五個。


 値崩れを起こさないように気をつけようと思いながらも、前回よりも取引する量が増えているのは、ご愛敬ということで……は、通じそうにない。


 笑顔で迎えてくれていたはずのフィアナさんが、明らかに苦笑いを浮かべている。


「買い取りをさせていただくのは、こちらとしてもありがたいのですが……、よくご無事ですね。トレントの生息域では、サイレントキラーとして、恐れられている魔物ですよ」

「……その話、詳しく聞かせていただいても?」


 アーリィが知らないであろう新情報が得られる気がして、俺はフィアナさんの話に耳を傾ける。


「トレントは、特殊な花粉で幻覚を見せて、獲物を捕食する魔物です。木に擬態していることが多く、なかなか見分けがつかないと聞きますね」

「確かに、俺も最初は魔物だと気づかず、普通の木だと思い込んでいました。トレントが顔を動かす姿を見て、初めて魔物だと認識したんですよ」


 初めてトレントの爺さんと出会った時、俺はウサ太がいなかったら、老いた木としか思わなかっただろう。


 木の根元を何度か叩いたウサ太が、衰弱したトレントの爺さんを起こして、ようやく魔物だと気づくことができたんだ。


 そのことを知らずに一人で歩いていたら……と考えると、背筋がゾッとする。 


「トオル様は運がいいですね。トレントはその高い擬態能力を活かす魔物なので、体をナイフで刺したり、火で燃やしたりしても、微動だにしないと言われています」

「……微動だに、しない?」

「ええ。彼らが動くのは、獲物を捕食する時のみ。幻覚で獲物を引き寄せて、パクリッと丸呑みします。叫び声をあげる暇もなく捕食されるため、味方がトレントの被害にあったと、すぐに気づかないそうですよ」

「それが、サイレントキラー、と呼ばれている所以なんですね」


 クレアがトレントの爺さんに幻覚をかけられた時、呂律が回っていなかったから、すぐに変だと気づいたが……。


 もしかしたら、子供には幻覚作用が強すぎて、過剰に反応していただけだったのかもしれない。


「トレントが何体も生息する森では、一人ずつ仲間が消えていき、最後には誰もいなくなると言われています。実際にその森で野営した冒険者が、朝起きたら自分しかいなかった、と証言していますから、とても怖い魔物ですよ」


 トレントは昼夜関係なく活動する魔物なんだな……と呑気なことを考えていると、フィアナさんに真剣な顔で見つめられてしまう。


「ですので、トレントの果実を採取するのは、非常に危険な行為です。冒険者なら引き留めませんが、一般の方なら話は変わります。もっと命を大切にしてください」


 フィアナさんの気持ちはありがたいものの、俺は無謀な行動を取っているわけではない。


 魔物たちと友好関係を築いた結果、貴重な素材をたくさん入手できているだけだ。


 しかし、そんなことを口にしたら、変な目で見られたり、良からぬ事件に巻き込まれたりする恐れがある。


 軍隊蜂の蜂蜜を狙っていた黒幕がわからない以上、目立つような行動は控えるべきだと思うんだが……。


 それと同時に、情報網を広げたい気持ちもあった。


 幸いにもフィアナさんは、こんなどこにでもいるようなオッサンに対して、純粋に心配してくれるほど優しい人だ。


 本当のことを話したとしても、無暗に情報を広めたり、蔑むような態度は取ったりしないのではないだろうか。


「今回持ち運んでいたものも、すべてトレントの果実だと確認できました。買取金額は、一つあたり金貨十枚。前回と同様に、買取手数料をサービスさせていただく形でいかがでしょうか」

「……」


 以前もこんな形で丁寧に対応してくれたし、トレントの果実は金の工面がやりやすい。


 このまま魔物の素材を買い取り続けてもらえる環境を整えていった方が、メリットが大きい気がする。


 商業ギルドで買い叩かれそうになったことを考えたら、新しい売却先を探すのもハードルが高い。


 このままフィアナさんと親交を深めるべきだと思った。


「ご、ご不満でしたか? 一応、金貨十枚が適正買取価格でして……。一つ……いえ、二つまでなら、もう少し頑張らせていただいても……」


 なんといっても、フィアナさんは嘘をついたり、騙したりすることができそうな人ではないのだから。


「提示していただいた金額で大丈夫ですよ」

「はぁ~、よかったです。では、硬貨を準備いたしますね」


 すぐに金貨を用意してくれたフィアナさんに清算してもらった後、俺は思い切って、自分のことを打ち明けてみることにする。


「トレントの果実に関することで、お伝えしておきたいことがあるんですけど、少しお時間いただいても大丈夫ですか?」

「どうかなさいましたか?」


 あまり聞かれたくないことなので、俺はゆっくりと顔を近づける。


 すると、フィアナさんも恐る恐る顔を近づけてくれた。

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