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第52話:リンゴのオッサン

 山に盗賊がやってきた三日後。


 軍隊蜂の巣が強襲されることがなくなったと判断した俺たちは、拠点の守りをウサ太に任せて、街に訪れていた。


 その一番の目的は、アーリィの武器や防具の手入れをすること。


 軍隊蜂の縄張りで生活しているとはいえ、今回の一件で油断大敵だと学んだので、万全の準備を整えるつもりだ。


 そのため、装備をしっかりと補強してもらおうと、金貨をいくつか渡そうとしたところ――。


「新品の武器や防具を買うわけじゃないのよ? 明らかに予算が過剰ね。心配しなくても、手持ちのお金だけで十分よ」


 意外に安価な値段で手入れできるみたいで、アーリィに断られてしまう。


 ただでさえ俺は、異世界の物価がわからない。


 それなのに、武器や防具といった親しみのないものの値段がわかるはずもなかった。


 しかし、そんな事情を知らないアーリィは、呆れるようにため息を吐いている。


「それに私は大人なんだから、自分の分くらいは自分で払うわ」

「まあ、確かにそうなんだけどな……」

「トオルがお金持ちなのも知ってるし、女の子の前で良い格好をしたい気持ちもわかる。でもね、甘やかしすぎるのはダメだと思うの。こうやってちゃんとお金も持って……あれ? 荷物袋の財布、どこにいったんだろう」


 不穏な言葉をアーリィが口にした時、クレアが彼女の肩をポンポンッと優しく叩いた。


「あのね、ウルフから逃げた時に、財布を落としちゃったみたいなの」

「えっ……」

「だから、今はトオルからお金を借りて生活してるよ?」


 どうやら今まで財布を落としたことに気づいていなかったみたいだ。


 生気を失ってしまったかのように真顔になっている。


「あの……トオルさん。先ほどのお金を貸していただいてもよろしいでしょうか」

「普通で大丈夫だぞ。余分に渡しておくから、ついでに食料と日用品も買い足してきてくれると助かる」

「ハイ」


 先ほどとは打って変わって、アーリィは素直にお金を受け取ってくれた。


 日本で扱っていた現金の感覚だと、万札ではなく硬貨を渡しているだけなので、あまり大きな金を渡しているつもりはない。


 どちらかといえば、子供にお小遣いをあげるような感覚に陥ってしまう。


 過剰に甘やかしているつもりはないが、自然とそういう行動に繋がっているような気がした。


 ***


 そんなこんなでアーリィとクレアと別れた後、俺は冒険者ギルドに向かって歩いていた。


 もちろん、トレントの果実を売却するためだ。


 金銭的に苦しいわけではないものの、山で快適な暮らしをするには、多くの物資を調達する必要がある。


 拠点レベルが上がったことで、リビングやダイニングといった共用スペースもできたので、テーブルクロスや絨毯も購入しておきたかった。


 ……まあ、トレントの爺さんが元気すぎることも理由の一つではある。


 栄養剤の濃度を薄くしても、リンゴを実らせる量が増え続けているんだよなー。


 さすがに腐らせるのはもったいないから、余剰分は気負いせずに売却するつもりだ。


 そのため、今回も冒険者ギルドで売却しようと思っていたのだが、思いも寄らない人物に出くわしてしまう。


「久しぶりだな。リンゴのオッサン」


 商業ギルドで詐欺を働いてきた、ダラスさんである。


 わざわざ何の用だ……と思うものの、彼の悪い顔を見る限り、あまり良いことではないと察してしまった。


「あの時、どうして先にトレントの果実を大量に持っていると言わなかったんだ? そうしたら、俺もちゃんと対応してやったというのに」


 明らかに自分が悪いにもかからわず、変な因縁をつけてきている。


 これは面倒な奴に絡まれたな……と思っていると、ダラスさんの背後に一人の女性の姿が見えた。


 口元に手を当てて、シーッと、黙るように合図しているフィアナさんである。


 彼女も同じ貴族であり、商業ギルドに探りを入れるようなことを言っていたので、これが良い機会なのかもしれない。


 ダラスさんを抑えてくれるのであれば、喜んで彼女に協力しようと思う。


「オッサンのせいで、俺は大目玉を食らったんだ。どうやって責任を取ってくれるつもりだ?」

「どうと言われましても……」

「いい歳して、責任の取り方も知らねえのかよ。呆れたぜ」

「はあー……」

「ため息を吐きたいのは、こっちだって言ってるんだよ! まったく。まあ、その荷物袋の中身がトレントの果実だったら、許してやってもいいぞ」

「一応、そういうものではありますね」

「そんな馬鹿なことが……おいっ、マジかよ。本当に持っているのか!? し、仕方ねえな。今後、商業ギルドと……いや、俺と取引をするって言うなら、今までのことは水に流してやろう。さもないと、我がパルメシア公爵家に睨まれることになるかも――」


 ハッキリと脅迫してきたところで、フィアナさんがダラスさんの肩を叩いた。


「あっ? なんだ? 今こっちは取り組み中なんだよ!」

「そのようですね。随分と素敵な勧誘をされているようで」


 スーッと青ざめるダラスさんの姿を見れば、見つかってはいけない人に見つかったとすぐにわかる。


 まさかダラスさんが公爵家の人間だとは思わなかったが、フィアナさんも同じ公爵家の人間だ。


 もし貴族同士が勢力争いをしているとしたら……。


 敵対勢力を弱体化させる口実になるような材料を得られたと思うべきだろう。


 そのことを肯定するかのように、フィアナさんがとても爽やかな笑みを浮かべていた。


「平民に対する脅迫と冒険者ギルドの営業妨害、ですね。商業ギルドに在籍していることを考えますと、国が定める取引法にも違反しますね」

「あ、あーん? な、なんのことだ? あー、そうだ。悪いな、オッサン。用事を思い出してしまった。じゃ、じゃあなっ!」


 そそくさと尻尾を巻いて逃げる姿は、公爵家とは思えないほど小物感が漂う人だった。


 一方、貴族令嬢らしく堂々とした振る舞いを見せるフィアナさんは、ため息をこぼしている。


「同じ公爵家としては、恥ずかしい限りです。後で父に報告しておきましょう」


 貴族にもまともな人がいてくれてよかったなーと、俺は思ってしまうのであった。

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