第51話:盗賊Ⅱ
不敵な笑みを浮かべた盗賊の頭は、ポケットから笛のようなものを取り出し、それを口にくわえた。
「……」
笛が、鳴らない? あれは笛じゃないのか?
そういえば、アーリィも『盗賊が音の鳴らない笛を吹いていた』と言っていたっけ。
もしかして、人間には聞こえないような高い周波数の音でも鳴り響いたんだろうか。
「へっへっへっ」
「何をしたんだ?」
「すぐにわかるさ。わかった頃には、あの世に逝ってるかも知れねえがな」
笑うことをやめない盗賊たちを不気味に思っていると、近くの茂みからガサガサッと音が聞こえてくる。
そのことに気づいて振り向いた瞬間、勢いよくウルフが飛び出してきた。
「なっ!?」
「ガウウウウ!」
イリスさんが魔物の様子がおかしいと危惧していたが、まさか盗賊たちの仕業だったのか!?
おそらく山にウルフを解き放ち、軍隊蜂の縄張りを荒らして、彼らの気を引いていたんだ。
アーリィとクレアがウルフに襲われたのも、盗賊たちの仕業で……。
すべての出来事が繋がり始めたものの、悠長なことを考えている状況ではない。
あまりにも急な出来事だったため、反射的に身構えることしかできなかった俺は、ウルフに腕を噛まれて押し倒されてしまう。
「ハッハッハ、目には目をってか? まったく、馬鹿な野郎がいるもんだぜ」
「そうだな。こんな魔物の味方をする奴は、死んだ方が世のためだ」
「じゃあ、なんだ? 俺たちが正義の味方だったってことか!」
あざ笑う盗賊たちの声が聞こえてくると同時に、腕の方からバキバキッと嫌な音も聞こえてくる。
普通に考えれば、俺の腕が折れた音のように聞こえるが……、間一髪のところで間に合ったみたいだ。
ウサ太の力で腕を硬化させたことで、ウルフの牙がボロボロと崩れ落ちていた。
「散々な言われようだが、正義なんて言葉は、盗賊が口にする言葉ではないな」
反撃の狼煙を上げるため、噛まれていない方の腕を振り抜き、ウルフを突き飛ばす。
どごーんっ
自らの意志で動いていたならともかく、操られた魔物を倒すのは、気分のいいものではない。
しかし、俺が立ち上がっただけで青ざめる盗賊たちの方が、遥かに気分を害していることだろう。
「なんなんだよ、あいつは……」
「本当に魔物なんじゃねえか?」
「ただのオッサンじゃなかったのかよ……」
これまた散々な言われようだが、ハッキリと言おう。
「軍隊蜂の巣に手を出すつもりなら、これくらいのことでビビるなよ」
一国の軍隊に匹敵する力を持つ軍隊蜂を敵に回すのであれば、ウサ太の能力を使う俺なんて、ちっぽけな存在にすぎない。
不意打ちだったとしても、ウルフを討伐した俺に怯えるのは、滑稽な光景だった。
そんな弱気な盗賊たちを象徴するように、彼らの頭が急にヘコヘコとし始めた。
「ば、馬鹿にして悪かったな。それより、あんた。俺たちと取引をしねえか?」
「……取引?」
「ああ。軍隊蜂の蜂蜜を譲ってくれれば、あんたにも分け前をやる。もちろん、運び出すのも売買するのも、俺たちがやろう。あんたはその道を譲るだけで、大金を手にするんだ。悪い話じゃないだろ?」
「人の命まで狙っておいて、随分と虫のいい話だな。そんな甘い話に乗る方がどうかしていると思うぞ」
「チッ、そりゃそうだよな。だが、タダとは言わねえ。まずはあんたの信用を得るために、とっておきの酒をくれてやる。それで判断してくれ」
腰にぶら下がっていた見覚えのあるボトルを差し出してくるあたり、本当に救いようがない盗賊たちだと思ってしまう。
「まずは自分でその酒とやらを飲んでくれよ。花を枯らした毒が入っているかもしれないだろう?」
「……その情報は漏れていやがったか」
「ああ。もう手遅れだ。最後まで悪い人間でいてくれて助かったよ。おかげで心が痛みそうにない」
「確かに、あまり時間はなさそうだな。何とかやるしかねえ」
一斉に武器を構える盗賊たちを見て、俺は呆れるようにため息を吐いた。
「悪い。手遅れと言ったのは、そういう意味じゃない」
「ああ?」
「俺の役目は終えた、という意味だ」
森の木々が邪魔をして、音が届きにくいみたいだが……。
次第にブーンッという羽音が大きく聞こえ、反響するように鳴り響き始めた。
「クソッ、軍隊蜂が戻ってきやがったか!」
「嘘だろ!? もっと時間を稼げるんじゃなかったのかよ!」
「逃げるぞ! こんなところで死ぬなんてごめんだ! どけっ!」
慌てふためく盗賊たちが尻尾を巻いて逃げ出していくが、無事に生き残ることができるとは思えない。
なぜなら、荒々しい羽音を立てた軍隊蜂が、空を覆いつくすほどの群れを形成しているからだ。
「……今まで俺が見ていたのは、ほんの一部の軍隊蜂にすぎなかったんだな。さすがにこの数をテイムできるとは思えないわ」
そんな呑気なことを考えていると、アーリィとクレアが走ってくる。
「すごい音がしたから急いできたんだけど、もう大丈夫みたいね」
「よかったー。トオルが怪我してたら、どうしようかと思ったよ」
「心配かけたな。大きな被害もなく乗り越えられて、俺もホッとしているよ」
二人が安堵のため息をこぼすと同時に、今度は軍隊蜂を呼びに行ってくれたウサ太が戻ってくる。
「きゅーっ!」
ウサ太も心配してくれたみたいで、勢いよく胸に飛び込んできた。
「ウサ太もよく軍隊蜂を呼んできてくれたな。助かったぞ」
「きゅーっ! きゅーっ!」
グリグリッと体を押しつけてくるので、心細い思いをさせてしまったのは、間違いない。
俺はウサ太なら軍隊蜂を連れ戻してきてくれると信じていたが、ろくに戦えないオッサンを置いていったことを考えると、心配してくれる気持ちはよくわかる。
今日はお詫びとして、たくさん構ってやるとしよう。
「ひとまず、軍隊蜂が巣に戻ってくるまでの間、待たせてもらうとするか」
「そうね。変に動いちゃうと、顔を知られていない軍隊蜂に、盗賊だと勘違いされるかもしれないし」
「巣にいる蜂さんにも、ちゃんと大丈夫って言ってあげないとね」
「きゅーっ、きゅーっ」
これでしばらくは平穏な日々がやってくるだろうと思いながら、俺たちは軍隊蜂の巣に戻っていくのだった。