第47話:焼き魚
串に刺さった魚が焼かれ、皮がいい感じにパリパリして、焼き目がつく頃。
一足先にウサ太に昼ごはんのニンジンとリンゴをあげていると、焼き魚の香りにつられたアーリィとクレアがキッチンにやってきた。
「おいしそうな香りね」
「お腹空いたよー」
「良いタイミングだな。ちょうど魚が焼きあがったところだぞ」
アーリィとクレアが椅子に腰を掛けたところで、テーブルに焼き魚を並べていく。
異世界転移したばかりの頃は、大きな魚を見つけても、釣る道具がなくて食べられないと諦めかけていた。
それがこうして食卓に並べられると、感慨深いものがある。
……まあ、たった数日前のことだが。
クレアは本当にお腹が空いていたみたいで、焼き魚をフーフーッと冷ました後、勢いよくかぶりつく。
しかし、何やら思っていた味と違ったのか、神妙な面持ちで首を傾げていた。
「アーリィ。このお魚、いつものやつと違うよ? すごくおいしいの」
「そう? よかったわね。川にいた他の魚も大きくて、活きのよさそうものばかりだったわ。きっと軍隊蜂のおかげで、外敵が少なく、成長しやすい環境なのね」
「ううん、そういう意味じゃないの。あのね……、ギュッてしてておいしいの」
「身がギュッとしてるのよね? あれだけ大きいものなら、それが普通よ。じゃあ、私もいただきます……!」
クレアの言葉に耳を傾けつつも、大きな口を開けたアーリィは、は~むっと魚にかぶりつく。
すると、クレアと同様に神妙な面持ちになった。
「……待って。塩が利いてない? 味がギュッとしているもの」
アーリィの言葉を聞いて、俺はアイテムボックスに眠る岩塩の存在を思い出した。
「そういえば、塩は貴重な調味料だったな。このあたりの山で岩塩が採れるみたいで、もらったことがあるんだよ。たぶん、その影響だ」
キョトンッとする二人をよそに、俺も椅子に腰をおろした後、焼き魚にかぶりつく。
引き締まった身と塩が合わさり、旨味をしっかりと閉じ込めている。
噛めば噛むほど魚の味わいと香りが鼻を刺激して、とても味わい深いものになっていた。
「久しぶりに食べる焼き魚は、格別な味がするなー。アーリィがいてくれて助かったよ」
「喜んでもらえるのは嬉しいけど、私たちはずっとそんな気持ちだからね? 軍隊蜂の蜂蜜にしても、トレントの果実にしても、岩塩にしても……」
「ま、まあ、細かいところは気にしないでくれ。俺も魔物たちの恩恵を受けているにすぎないんだ」
「魔物と交渉して利益を得ていると考えたら、十分なことよ。もっと胸を張った方がいいと思うわ」
アーリィにはそう言われてしまうが、俺の価値観には合わなかった。
二人に褒められて『どうだ。これが俺の力だ、ガハハハッ』と、態度をでかくするのは、なんか違う気がする。
街では魔物と生活していることを隠した方がよさそうだし、今ぐらい謙虚で過ごした方が反感も買いにくいだろう。
今後はどういうスタンスで過ごすべきか、予め定めておいた方がいいのかもしれない。
一方、徐々に山の生活に馴染みつつあるアーリィは、何かを思い出すようにハッとした。
「あっ。そういえば、トレント用にもう一匹魚を捕ってきたんだけど、調理する必要はあるの?」
「ああー……どうなんだろうな。トレントの爺さんは熱に弱そうだから、生の方がいい気がする。後で鮮度の良いうちにあげておくよ」
「ええ、お願い。さすがにまだ、魔物に餌付けする勇気は持てないわ……」
「普通はそういう感覚だよな。俺もさすがに、無暗に餌付けしようとは思わないぞ」
アーリィとそんな話をしたこともあって――。
焼き魚を食べ終えた後、アイテムボックスから魚を取り出した俺は、ウサ太と共にトレントの爺さんの元にやってきた。
トレントの爺さんは活動時間が長いのか、出逢った頃のように眠っている様子は見られない。
ウサ太が近づくと、すぐに枝を伸ばして遊んでくれるほど元気になっていた。
そんなトレントの爺さんに魚を差し出すと、枝を伸ばしてそれをつかみ、パクリッと丸呑みしてしまう。
口の中に歯が見られなかったので、咀嚼するようなことはないみたいだ。
本来であれば、生きた獲物を魅了して……そのままパクリッ、と食べるんだろう。
体内で暴れられないように、強い消化液を分泌して、獲物を溶かすに違いない。
見た目以上に怖い魔物だよなーと眺めていると、魚を差し出したお礼に、今回はバナナを実らせてくれた。
ありがたくいただく予定だが、南国の食べ物となると、リンゴ以上に値が張りそうな気がする。
「魔物や動物を捧げて、果物を生成してもらい、街で高額取引をする。これが本当の錬金術……って、そんなに金を貯めても仕方ないんだよなー。まったく、贅沢な悩みだよ」
バナナを収穫した後、トレントの爺さんに遊んでもらうウサ太の姿を眺めていると、珍しくしょんぼりとした様子の軍隊蜂がやってくる。
ブーン……とした羽音もいつもより小さく、明らかに元気がなさそうだった。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「……」
軍隊蜂は身振り手振りで説明してくれていると思うんだが、俺たちに共通言語というものは存在しない。
これまでなんとなく理解していただけなので、彼らが伝えたいことがまったくわからなかった。
「きゅー?」
しかし、同じ魔物であり、この森で生活してきたウサ太は違う。
首を縦に振ったり、相槌を打つように小さく鳴いたりして、軍隊蜂と会話していた。
トレントの爺さんも難しそうな表情を浮かべているので、軍隊蜂と意思疎通を測ることができるに違いない。
その姿を見る限り、好ましい状況ではなさそうだった。
しばらく軍隊蜂との会話が続くと、突然、ウサ太が俺の元に近づき、足を引っ張り始める。
「きゅーっ、きゅーっ」
「どこかに案内したがっている様子だな」
「きゅーっ!」
「わかった。アーリィたちにも相談して、一緒に行動しよう。どこに危険があるかわからないからな」
厄介なことにならなければいいが……と思いつつ、俺はアーリィたちを呼びに行くのであった。