第45話:ウサ太の入浴
アーリィが川に向かった後、大きめの桶を作成した俺は、そこにクレアが生成してくれた水と湯を混ぜ合わせた。
入浴剤の代わりにいくつかハーブを浮かべて、簡易的な風呂を作ってやると――。
「きゅー……」
随分と気に入ってくれたみたいで、幸せそうな声を漏らしながら、ウサ太が湯船に浸かってくれた。
どうやら魔物も風呂に入る時は、オッサンみたいな声を出すらしい。
目を閉じているあたり、極楽気分、という言葉がピッタリだと思った。
これには、ウサ太の体にシャンプーをするかのように、俺が洗っている影響も大きいだろう。
「どこか痒いところはあるか?」
「きゅー……」
「なさそうだな」
「きゅー……」
気の抜けた鳴き声しか返ってこないほど、ウサ太は至福のひと時を過ごしていた。
もしかしたら、こういう毛並みを手入れされるような経験は、初めてなのかもしれない。
交流のある軍隊蜂やトレントとは違い、ウサ太だけは全身が毛で覆われているから。
ウルフと敵対している以上、毛並みを整える行為を理解してくれる仲間は、思い当たる節がなかった。
「きゅー……」
ここまで癒されてくれるのであれば、簡易的な風呂を用意して、労ってやれてよかったと思う。
魔法で湯を生成したクレアも、極楽気分のウサ太を見て、笑みをこぼしていた。
「ウサちゃん、いいなー。私もお風呂に浸かってみたい」
「俺も同じ気持ちを抱いているんだが、めちゃくちゃハードルが高いんだよな……」
風呂場を作る程度であれば、木材を集めてくるだけでいい。
しかし、湯舟を張れるくらいの水を集めるだけでなく、それを温める必要があるので、現実的な話ではなかった。
「私がもっと魔法を上手に扱えたらなー……」
ボソッと呟くように口にしたクレアを見れば、一朝一夕で解決できる問題ではないと、魔法に詳しくない俺でもすぐにわかる。
しかし、これくらいの桶に湯が張れるのであれば、足湯をしたり、頭を洗ったりすることくらいはできるはずだ。
ウサ太が移住する時に持ってきた『ムクロージーの実』が石鹸代わりになるみたいだから、シャンプーだって作れるようになるだろう。
そういったことができるようになるだけでも、快適な異世界生活を送れるようになる気がした。
「よしっ。湯温が下がってきたから、風呂はこれで終わりだな」
「きゅー……」
「心配しなくても、時間ができた時にまた風呂に入れてやるぞ」
「きゅーっ!」
すっかり風呂が気に入ったウサ太を桶の外に出してやると、犬のように体をブルブルと震わせる。
「うおっ! タオルで拭いてやるから、ジッとしていてくれ」
「キャッ! ウサちゃん、こっちが濡れちゃうよー」
「きゅー?」
動物の本能……ならぬ、魔物の本能から来る行動なんだろう。
水を飛ばした本人は呑気なもので、キョトンッとした表情を浮かべていた。
次に風呂に入れる時は、クレアにタオルを持ってもらい、すぐに拭く作戦で対処するとしよう。
風邪を引かれても困ると思った俺が、入念にウサ太の体を拭いていると、予想だにしない事態が発生する。
突然、拠点が淡く輝き始めたのだ。
「な、なんだ?」
「わ、わかんないよ」
「きゅ、きゅー!?」
急いでスキルを確認すると、レベルアップまでのカウントがゼロになっていることに気づく。
その影響か……と思ったのも束の間、拠点が輝き終えると、そこには、立派なログハウスが誕生していた。
今までの拠点と比較しても、一回り違うと感じるほど大きい。
木材の温かみのある雰囲気が特徴的で、日向ぼっこができるようなウッドデッキまでついていた。
レベルがたった一つ上がっただけなのに、思った以上にグレードアップしていて、さすがに驚きを隠しきれない。
ちょうど川から戻ってきたアーリィも、魚と水の入った桶を持ち、呆然とたたずんでいる。
「この短期間のうちに、何があったの?」
「拠点レベルが上がって、増築したみたいだ」
「そう……。増築というよりは、建て替えたように見えるけどね」
なかなか鋭い指摘だな。これはもう、増築という概念を超えているとしか言いようがない。
そんなことを感心している間に、クレアとウサ太は畑の周りで跳び回り、喜んでいた。
「みてみて、ウサちゃん! 畑が大きくなったよー!」
「きゅーっ! きゅーっ!」
畑もスキルの影響化にある以上、レベルアップの対象になっていも不思議ではないだろう。
それをすんなりと受け入れるのも、おかしいような気がするが……。
「とりあえず、拠点の中を確認してみるか」
「ええ。捕ってきた魚は、どうしたらいい?」
「ひとまず、アイテムボックスに入れてくれ。拠点の具合を確認した後、昼ごはんに使わせてもらうよ」
「わかったわ」
アーリィがアイテムボックスに魚を入れるところを見届けた後、俺たちは恐る恐る拠点の中に足を踏み入れることにした。