第44話:ハニードロップ
「はあはあ。トオル……もう、ちゅかれたよ……。お湯を出すの、思ったよりちんどい……」
随分と無理をさせてしまったみたいで、地面に手と膝をつくほどバテていた。
これくらいの魔法であれば、一日のうちで何回も使えると言っていた気がするが……?
そんなことを考えていると、クレアの姿を見たアーリィがクスクスと笑っていた。
「クレアは見習い魔法使いなんだから、温度変化はできないって、素直に断ったらよかったのに。見栄を張っちゃったわね」
「だって……。カッコいいところを、見せたかったんだもん……!」
「はいはい。でも、それでカッコ悪いところを見せていたら、意味がないでしょ」
どうやら俺の期待に応えようとした結果、無理をしてくれたみたいだ。
それだけ頑張ってくれた姿を見て、俺はカッコ悪いとは思わない。
魔法で水を生成できるのはすごいことだし、実際にそれを目の当たりにして、感動している。
「クレア。魔法を使う姿、十分にカッコよかったぞ」
「……はあはあ。……うん、ありがと……」
なお、今後はクレアが無理しないように、魔法をお願いする時は気をつけようと思う。
「ところで、お湯なんてもらってどうするの?」
「ウサ太を風呂に入れたかったんだ。なんだかんだで畑の管理に戦闘まで任せきりだったから、労ってやろうと思ってな」
「きゅーっ!」
初めての風呂に喜ぶウサ太は、興味津々に桶を覗いている。
「大切にしてるのね。じゃあ私は、クレアがバテた分の水を汲んでくるわ。川が近いなら、ついでに魚でも捕ってこようかしら」
「そうしてくれると助かるんだが……。どうやって魚を採るつもりなんだ?」
「ん? 剣でブスッと刺すだけよ?」
何気ない表情で答えてくれるアーリィは、手をヒョイヒョイッと前に出し、突き刺す仕草をしていた。
魔物と戦う冒険者にとって、魚を採るのは容易なことなのかもしれない。
乱れた呼吸を整えたクレアが立ち上がると、彼女も魚を捕った経験があるみたいで、杖を構えていた。
「魚を捕るのは簡単だよ。土魔法で大きな石を作って、えいって投げると、プカプカ浮いてくるんだもん」
なるほど。石の隙間に隠れている魚に衝撃を与えて、気絶させる方法か。
魔物を討伐するために魔法を使うイメージだったが、飲み水といい、魚取りといい、意外に日常生活にも応用が利くものなんだな。
俺ももっとスキルを使いこなせるようになれば、生活に応用できるようになるかもしれない。
まあ、ウサ太の力を借りて魚を捕ろうとしても、硬化した手で石を砕き、それどころではなくなってしまいそうだが。
昔から適材適所という言葉もあるし、俺は俺のやり方で、日々の生活を快適にしていくとしよう。
早速、アイテムボックスからあるものを取り出した俺は、アーリィに向けて差し出す。
それは、透明感のある金色に輝くもので、丸い形をしていた。
「川に一人で行くのは危険だから、万が一のためにこれを持っていってくれ」
「なにこれ。宝石……?」
「いや、軍隊蜂の蜂蜜で作った飴、ハニードロップだ」
昨晩、アーリィの症状が盗賊の毒によるものだったと判明したため、俺はその対応策を練っておくべきだと考えていた。
毒が体に付着する程度ならまだしも、何かの拍子で口に入ってしまったら、すぐに体の自由が奪われてもおかしくはない。
そのため、解毒効果のある軍隊蜂の蜂蜜を持ち運べるようにと、調理システムで飴を作成していた。
蜂蜜に含まれる水分だけを取り除き、純度百パーセントで作られた飴は、優しい味わいと花の香りが楽しめる至高の逸品。
その影響もあってか、ハニードロップを受け取ったアーリィは、手をワナワナと震わせている。
「こ、こんな高価なものを、私がいただいてもよろしいのでしょうか」
「そこは普通に受け取ってくれよ」
頭の処理が追い付かなくなり、敬語になったアーリィとは対照的に、興味津々のクレアが近づいてくる。
「うわぁ、本当に綺麗だね」
「クレアも食べてみるか?」
「うんっ!」
クレアにハニードロップを一つ手渡すと、すぐにそれを口に入れ、満面の笑みを浮かべていた。
「とっても甘くて幸せ~!」
子供らしく素直なのは、いいことだ。
大人になると、アーリィみたいに値段の方が気になって、食べるのに抵抗が生まれてしまうからな。
「きゅー!! きゅー!!」
お金という文化がないウサ太は、食欲に動かされているだけだと思うが。
「ウサ太にも分けてやりたい気持ちはある。でも、さすがに飴は喉に詰まらせそうだからな……」
「きゅー……」
「わ、わかったよ。ちゃんと口に含んで、舐めるんだぞ? 飲み込んだらダメだからな?」
「きゅーっ!」
本当に大丈夫だろうか……と心配になりつつも、ウサ太の口に飴を入れてあげる。
「きゅう~ん」
どうやら問題ないらしい。意外に柔軟な対応ができるウサ太であった。
どちらかといえば、羨ましそうに見つめるアーリィの方がうまく対応できていない。
「……アーリィも、食べていいぞ?」
「ほ、本当に?」
「ああ。後で軍隊蜂にもおすそ分けしようと思って、かなりの量を作っているんだ」
「そ、そう。もったいないよう気もするけど……、ありがたくいただくわ」
高額な値段だと想像できるアーリィは、恐る恐るハニードロップを手にして、ゆっくりと口に運ぶ。
「はぁ~! 幸せぇ……」
頬に手を当てて、とろけるように表情を崩すアーリィが、なんだかんだで一番嬉しそうにハニードロップを食べるのであった。