第107話:軍隊蜂の楽園
アーリィが管理しているバラ園にやってきた俺は、想像以上に花が咲き乱れていたことに驚きを隠せなかった。
「しばらく来ないうちに、随分と綺麗な花畑に生まれ変わったんだな」
この場所は、もともと盗賊たちの毒によって、枯れ果てた大地と化していた。
急速に腐敗してしまったかのような光景で、見るも無残な姿になっていたのだが……、今はその面影がまるでない。
赤色や桃色のバラが咲き乱れていて、フローラルな香りが漂ってくるほど立派な花畑に生まれ変わっている。
軍隊蜂が住んでいることもあり、この山にはたくさんの花たちが見られるが、ここまで見事な花畑を見たのは、これが初めてのことだった。
そんな素敵な花畑ができて、軍隊蜂は気分を良くしたのか――。
「zzz」
スヤスヤと眠るものがいたり、ウトウトしながら羽を休めたり、リラックスした様子で飛び回ったりしているものがいる。
これまでのキリッとした軍隊のイメージから一変して、可愛らしいぬいぐるみのような印象を受けた。
さすがにこの光景を見ると、大量に雑草を抜いていたアーリィの気苦労が伝わってくる。
なぜなら、この花畑の管理を軍隊蜂が手伝ってくれそうにないからだ。
「大変そうだな。明日から俺も手伝いに来るよ」
「別に気遣わなくてもいいわよ。バラ園を作ると言い始めたのは、私とクレアだもの。ちゃんと自分たちの手でやり遂げるわ」
「うんっ! 蜂さんから蜂蜜をもらってる分、頑張って育てるよ!」
気合十分な二人だが、良からぬことを思い出したのか、すぐにその表情は一変する。
「ただ、もう植物用の栄養剤は二度と使わないわ。あれのおかげでバラ園がうまくいった反面、すべての元凶だとも思うの」
「毎日すごい量の雑草が取れるもんね……。ごめんね、アーリィ。私だけ魔法の練習してて」
「今は魔法使いとして大事な時期なんだから、気にしなくてもいいわよ。そっちはそっちで頑張りなさい」
二人が厳しい雑草との戦いを繰り広げてきたとわかった瞬間である。
一応、使う前に注意しておいたんだが……。
毒が撒かれて腐敗していたことあって、栄養剤を使いすぎてしまったんだろう。
予想以上の影響を与えて、大量に雑草が生えてしまったみたいだ。
いや、もしかしたら、【箱庭】のスキルレベルが上昇したことも影響しているのかもしれない。
制作物の品質が向上して、今までより強力な栄養剤が作れているんだ。
それがトレントの爺さんにも影響を与えたと考えると、軍隊蜂たちが喜んでいた通り、良い兆しなんだと思った。
少なくとも、トレントの爺さんが寿命を迎えない限り、栄養剤を使えば元気なってくれることだろう。
どちらかといえば、今は目の前にいる軍隊蜂の方が気がかりである。
「軍隊蜂も、ここまでだらける魔物だったんだな。これだけのんびりとしている姿は、初めてみるぞ」
「もっと規則正しい生活を送りそうなイメージよね」
「そうー? 蜂さんだって、休みたい時はあるんじゃないかなあ」
想定していた状況とは違うが、軍隊蜂が喜んでくれているのは、間違いない。
軍隊蜂の楽園が完成したと思えば、予想以上の成果だと言えるだろう。
アーリィとクレアが考えていた通り、嫌な思い出ではなく、良い思い出が残ることを期待するとしよう。
そんなことを考えていると、森の奥から何体もの軍隊蜂が見慣れたバケツを持ってやってきた。
しかし、いつもと軍隊蜂の様子が違い、少しばかり仰々しい。
万全な警備体制を敷いて、ゆっくりと進み、慎重にバケツを運んでくる。
そして、いつもと違うことがもう一つあって――。
「あれ? 私?」
俺ではなく、アーリィに向けて差し出していた。
いつもアーリィと一緒にいる時も俺に蜂蜜を渡してくれていたので、彼女もキョトンッとした表情を浮かべている。
ただ、軍隊蜂がコクコクと頷いているから、きっとバラ園を作ってくれたお礼に持ってきてくれた特別なものなんだろう。
その証拠と言わんばかりに、バケツの中に入っているのは、いつもの軍隊蜂の蜂蜜ではなかった。
乳白色のクリーム状のもので、透明感があまりない。
花の香りはするものの、どこか甘いミルクが混ざっているような印象だった。
「初めて見るものだな」
「トオルも初めてなのね。私も見たことがないわ」
「でも、蜂さんが作ったものだよね?」
クレアの問いを聞いた軍隊蜂がコクコクと頷いているので、蜂蜜に近い何かなんだろう。
軍隊蜂からバケツを受け取ったアーリィも、首を傾げるばかりだった。
「今までの蜂蜜とは全然違うわね。軍隊蜂の蜂蜜に種類があるだなんて、聞いたこともないけど……」
採取する花の種類が違えば、蜂蜜に含まれる成分が変わるため、風味や香りが変わると聞いたことがある。
日本でもいろいろな種類の蜂蜜が売られているし、産地が違うだけでもかなり味わいが変わる印象だ。
ただ、この山に住む軍隊蜂が、わざわざいろいろな種類の蜂蜜を作っているとは思えない。
冒険者であるアーリィが知らないのであれば、俺が知るはずもなかった。
しかし、普通の蜂が分泌するものを考えた時、一つだけ思い当たる節がある。
「もしかしたら、ロイヤルゼリーなんじゃないか?」




