第104話:大人と子供
軍隊蜂の調査を終えた俺は、フィアナさんとロベルトさんと共に、ルクレリア家の屋敷を訪ねている。
「そうか。まさかサウスタン帝国の策略だったとはな……」
これまでの経緯を聞いたルクレリア公爵は、険しい表情を浮かべていた。
国の方針通りに軍隊蜂と戦っていたら、サウスタン帝国に攻め込まれていた可能性が高い。
それだけに、今回の一件は重く受け止めなければならなかった。
無論、軍隊蜂の調査に同行したフィアナさんは、その気持ちが強いんだろう。
彼女は真剣な表情を浮かべて、自分の父であるルクレリア公爵と向き合っている。
「今回の一件をサウスタン帝国に指摘すれば、こちらに砦を崩壊させた疑いがかかる恐れがあります。今はまだ、黙認するべきかと」
「彼等が痛手を負ったことは間違いない。しばらくは様子を見るしかないだろうな」
人間と魔物の争いだけならまだしも、人間同士の争いに繋がる恐れがあるのだから、今後の対応には慎重を期する必要があった。
ましてや、ゴードン伯爵だけがサウスタン帝国に通じていたとは限らないし、他にも狙いがあったのかもしれない。
ルクレリア家がリーフレリア王国に進言して、適切な対応を取らないと、また同じような問題が発生するだろう。
そんな頭を抱えるような問題は、貴族様にお任せするべきだ。
俺にはもう、関係がないのだから。
そんなことを考えていると、ルクレリア公爵に顔を向けられる。
「トオルくんにも、随分と迷惑をかけてしまったね」
「とんでもありません。利害関係が一致した結果、互いに協力し合っただけのことですから」
「いや、こちらの詰めが甘かったことも事実だ。フィアナとロベルトが同行する以上、ゴードン伯爵を泳がせた方がいいと判断したのだが……。彼が未知の薬物に手を出し、魔物化するなど考えてもいなかった」
「俺がゴードン伯爵を疑ってほしいと頼みましたし、そのおかげで確証を得られた部分も大きかったです。ルクレリア家のサポートがあったからこそ、解決した問題だと認識しています」
「ルクレリア家を立ててくれることはありがたい。しかし……、参ったな。トオルくんに頭が上がらなくなってしまうよ」
苦笑いを浮かべるルクレリア公爵に対して、俺は素直な気持ちをぶつけてみる。
「最初から危険な依頼であるとわかっていましたし、自分から首を突っ込んだ一面もあります。俺としては、例の約束を守っていただければ、問題ありませんよ」
実際にフィアナさんとロベルトさんから、サウスタン帝国が関与しているとわかった時点で引き留められている。
戦争の引き金を引くことになるかもしれない、と言われたものの、俺は自らの意志で同行して、連中に一泡吹かせようとしていたのだ。
まさかイリスさんに先を越されるとは思わなかったし、あそこまで派手にやるとも思わなかったが。
俺も魔物の力を借りられる以上、今後は女神様の逆鱗に触れないようにしないと……!
とりあえず今は、ルクレリア公爵が約束を守ってくれることに期待しよう。
「無論、トオルくんの要望を破棄するつもりはない。約束通り、あの山の居住権を与えよう。といっても、しばらくはゴタゴタするような気もするが」
「ありがとうございます。よほどのことが起きない限り、こちらで対応できると思います」
「フィアナとロベルトの話を聞いていると、確かに心配不要なんだろう。ただ、フィアナを助けてもらった借りもある。困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれ」
「わかりました。その時は頼りにさせてもらいます」
ルクレリア公爵が手を差し出してくれたので、俺は力強く握手を交わす。
彼とは身分が違うが、今回の一件を終えて、本当の友人になれた気がした。
***
ルクレリア家の屋敷を後にした俺は、イリスさんたちと合流するべく、待ち合わせ場所で待っていた。
イリスさんにとって、アーリィはどこまでも可愛い弟子であることに変わりないみたいで、ケーキをご馳走すると聞いている。
この世界だと、ケーキを食べるなんてかなり贅沢なことになるので、良い気晴らしになるだろう。
無論、クレアもそのおこぼれに預かっていた。
もはや、三人は家族みたいな関係性を築いているなーと考えていると、クレアが勢いよくやってくる。
「トオルー! ケーキ、とってもおいしかったよー!」
「そうか。それはよかったな」
「トオルも一緒に来ればよかったのに」
大人の付き合いがあるから仕方ないんだ……と思っていても、それを口にすることはない。
クレアに気遣わせるわけにはいかないし、せっかくの楽しい思い出に水を差したくなかった。
イリスさんとアーリィも嬉しそうな表情で戻ってくると、クレアは悪いことを考えているのか、不敵を笑みを浮かべている。
「トオル、聞いて? アーリィなんてね、ケーキを五個も食べてたんだよ」
「ちょっと、クレア! それは言わない約束でしょ!」
「その約束をしたのは、イリスお姉ちゃんでしょう? 私はしてないも~ん」
「うぐっ……」
年相応にイタズラっ子になってしまったクレアとは対照的に、顔を赤くしたアーリィはとても恥ずかしそうにしていた。
「たまたまだから。今日はたまたまケーキがいっぱいお腹に入る日だったの」
「わかるわかる。そういう日もあるよな」
「……何よ。なんか無駄に達観してない?」
「そうでもないぞ。なんだかんだで、イリスさんには甘えやすいんだなーと思っただけだ」
拠点で過ごしている時は、軍隊蜂の蜂蜜を食べるだけでも、かなり躊躇していた。
いつものアーリィなら、高価な砂糖を使用したケーキを五個も食べるなんて、絶対に考えられないことである。
それだけに、イリスさんとアーリィの関係は微笑ましいと思った。
そのことを一番喜んでいるのは、間違いなくイリスさんだと思うが。
「私はアーリィちゃんのママみたいなものだからね」
「それはそうなんだけど。街中で口にしなくても……」
すっかり照れてしまったアーリィが口をモゴモゴさせている姿を見て、俺は思った。
やっぱり平和が一番だなーっと。
「そういえば、ニャン吉の絹糸がいっぱいになってきたから、そろそろ何か作ろうと思っているんだが、何か希望はあるか?」
「はーい! 私、毛布がいい!」
「タオルもいいと思うわ。シルクキャットのタオルは、貴族愛用する高級品よ」
「うっ。日用品まで高価なものになるのね……。さすがモンスター財閥だわ」
使わない方がもったいないからなーと思いつつ、俺たちは拠点へと戻っていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
この話で第二章が終わり、来週から第三章が始まります。
第三章では、また少し違った雰囲気がお見せできるかなと思います。
書籍化作業も進めておりますので、書籍・web共にお楽しみいただければ幸いです。
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