第103話:仲間
緊迫した時間を過ごし続けた俺たちは、湖で休憩をすることにした。
後は街に戻って、ルクレリア公爵に経緯を説明するだけなので、急ぐ必要はない。
まずは身も心も休めることを優先するため、俺はニャン吉とウサ太と共に、地面に腰を下ろしているのだが……。
「キャーッ! 冷た~い!」
「次はもっと大きいものがいきますよー」
意外に元気なフィアナさんと子供のクレアが水遊びを楽しんでいた。
どうしてそんなことをしているのか、不思議に思って聞いてみると――?
『小さい頃から、常に周りの目を意識して過ごす生活ばかりでした。このような形で羽を伸ばせる機会など滅多にありませんので、存分に楽しみたいと思います』
今まで水遊びをしたことがなかったみたいで、貴族令嬢であることを忘れて、夢中になって遊んでいる。
その無邪気な姿は、普段のフィアナさんから想像できないほど楽しそうだった。
一方、フィアナさんの姿を見守るロベルトさんも、とても護衛役とは思えないが。
「いやはや、青春ですなー」
「この爺さんは、違う意味で元気なんだよな……」
「きゅー……」
「ニャウ……」
俺たちの冷たい視線を向けられても、ロベルトさんは活き活きしている。
いろいろな意味で本当にたくましい爺さんだと思ってしまった。
一方、今日も料理を作ってくれているアーリィは、イリスさんにベッタリとマークされている。
「アーリィちゃんの料理を食べるなんて、久しぶりね」
「私の料理なんて、楽しみにするほどのものじゃないわ。師匠が作ってくれた料理の方が、絶対においしいもの」
「それじゃあ、ダメなの。私は、アーリィちゃんが作ったものが食べたいんだから」
二人の仲睦まじい姿を見ていると、一つだけ解決していない問題を思い出す。
「ニャァ……」
ニャン吉が群れの仲間と再会できていないことだ。
絹糸を使った目印を用意したが、あれでは気づかなかったのかもしれない。
砦が崩壊したことも考慮すると、臆病な性格のシルクキャットは遠ざかっていくような気がした。
何とか群れを見つける手段があればいいんだが……と考えていると、ウサ太の耳がピクピクッと動き、機敏な反応を見せる。
「きゅっ」
ウサ太が顔を向けた方を見てみると、遠くの方にオロオロした様子のシルクキャットの姿があった。
噂をすれば影が差す、と言うが、まさか本当に現れるとは。
このあたりにも軍隊蜂が花を咲かせようとする動きがあるので、このチャンスを逃したら、次はもうないかもしれない。
ウサ太もそのことがわかっていたから、シルクキャットが逃げ出さないように、控えめに反応してくれたんだろう。
ここでもし俺が立ち上がろうものなら、異変を感じたシルクキャットが逃げ出すような気がする。
下手に接触することは諦めて、まだ気づいていないニャン吉に伝えるだけの方がいいのかもしれない。
「ニャン吉、向こうで仲間が待ってるぞ」
「ニャウ?」
シルクキャットの群れに気づいたニャン吉は勢いよく走り出し、すぐに仲間の元に向かった。
「ニャッ?」
「ニャニャッ!?」
「ニャニャニャッ!?」
それに気づいたシルクキャットたちも、驚いた様子を見せながらも、優しくニャン吉を迎え入れてくれる。
「ニャウーッ!」
「ニャニャウ」
「ニャーウッ!」
「ニャウ~!」
怯えてばかりのニャン吉が勇気を振り絞った結果、ようやく仲間たちと再会を果たすことができた。
その光景を見た俺は今、複雑な心境を抱いている。
今回の一件で軍隊蜂の縄張りが正常化したら、サウスタン帝国に生息するシルクキャットの群れは、この地を去ることになるだろう。
俺たちも無暗に国境を超えることはできないので、ニャン吉を群れに戻す機会があるとしたら、きっと――。
「きゅー……」
「そうだな。そっとしておいてやろう」
あまり考え込みすぎるのは良くないと思い、気を紛らわせるようにウサ太をモフモフする。
すると、忘れ物でもあったのか、急にニャン吉が視界に映り込んできた。
「ん? どうした?」
「ニャーウ」
ニャン吉が顔を向けた方を見てみると、シルクキャットたちがガタガタと震えながらも、ペコペコとお辞儀していた。
両者の反応を見る限り、俺たちと共に過ごすことを選んだような気がするが――。
「群れには、戻らなくてもいいのか?」
「ニャウッ」
「そうか」
満足そうなニャン吉の笑みを見て、俺は無理に群れに戻ることを勧めようとは思わなかった。
仲間に無事を伝えることができて、ニャン吉も満足しているんだろう。
シルクキャットの仲間たちも、ニャン吉を連れ戻しに来たわけではなく、生きているか心配になり、探してくれていたのかもしれない。
そんなシルクキャットたちに向けてお辞儀を返すと、意思疎通が取れたと判断したのか、彼らは森の中へ消えていく。
臆病な性格のシルクキャットは、危ない橋を渡ってでも仲間を探すような、とても仲間思いな魔物なんだと、俺は学んだのであった。