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第101話:救世主

 ウサ太の硬化スキルを用いた俺は、ゴードン伯爵の猛攻を凌ぎ続けていた。


 力任せの攻撃ではあるものの、ウサ太の硬化スキルを貫通するほどのものではない。


 ジリジリと押される嫌な感覚はあっても、油断しない限りは負けないと思っている。


 逆に打ち負かせるとも思っていないが……、憤怒の表情を浮かべるゴードン伯爵には、効果的のように思えた。


「なぜだ! 私が手に入れたのは、完成された魔血薬(まけつやく)だぞ。このようなことがあってもいいはずがない!」


 ゴードン伯爵の怒りに呼応するかのように、彼の体が変化を始める。


 腕は羽毛のようなものに覆われ、手足はかぎ爪に変化して、大きくて丸い目をしていた。


 魔物の力を体内に取り込むのであれば、何かしら副作用があっても不思議ではない。


 ただ、あまりにもそれが強いように感じる。


「ゴードン伯爵の心配をしているわけではありませんが、その体は大丈夫なんですか?」

「何を馬鹿なことを。十分な臨床試験が行なわれていない粗悪品を、私が購入するはずがないだろうが! 一流の商人だぞ!」

「納得のいかない説明ですね。ゴードン伯爵の体を見る限り、人が手を出してはいけない領域に踏み込んでいるように思います」


 魔物に変化を続けるゴードン伯爵が、己の精神を保っているところを見ると、それなりに制御できている薬なのかもしれない。


 しかし、ここまで人体に影響を与えるのであれば、いずれは……。


 そんなことを考えていたのも束の間、ゴードン伯爵の口が尖り始め、クチバシのようになってしまう。


「お前の考えていることがわかったぞ。さては、怖いのだな? 怖いのであろう? この素晴らしい力を前にして、お前は怯んでいるのだ!」


 確かに俺は今、めちゃくちゃ怖いという感情を抱いている。


 人が化け物に近づいていく姿を目の当たりにして、嫌悪感が高まる一方だった。


「俺が怯んでいるとしたら、ゴードン伯爵を同じ人間として扱っていいのかわからないからですね」

「……なんだと?」

「欲望が強すぎるあまり、自分の身体が蝕まれていることに気づかないとは、哀れなことですね。今からでも身の丈に合わないことはしていると自覚した方がいいと思いますよ」

「貴様ッ……!」


 プライドの高いゴードン伯爵は、俺の軽い挑発に対して、怒りを露わにした。


 自分は世界を支配する器がある、とでも思っているのかもしれない。


 しかし、俺みたいなオッサンに指摘されただけで腹を立てるのであれば、自分で小物だと言っているようなものだった。


「黙れ! 力だ……! 所詮、この世は力がある者のみが生き残ることができる!」


 更なる力を求めた結果、ゴードン伯爵の頭にトサカのようなものまで生えてきた。


 その姿を見て、俺は一連の流れがすべて繋がっていることを確信する。


「コカトリスの遺伝子、か」


 俺が異世界に訪れた際、この山にはコカトリスの幼体が存在していた。


 イリスさんが討伐してくれたおかげで、被害は最小限に抑えられたはずだが……。


 その死骸から遺伝子を採取して、魔血薬を完成させたのかもしれない。


 果たして、この地にコカトリスの幼体が現れたのは、偶然だったんだろうか。


 これまでことを考えると、誰も踏み入れることのない軍隊蜂の山を利用して、欲望を満たそうとしていたような気がする。


「素晴らしい……! 私に唯一足りていなかった、すべてを蹂躙する力をようやく手に入れたぞ!」


 自分の力に自惚れるゴードン伯爵は、本格的に倫理観を失い、精神まで化け物に近づいていた。


「これが欲望に溺れた人間の末路だと思うと、この世界は残酷な一面もありますね。まあ、自業自得だと思いますが」

「清々しい気分で過ごしているのに、人生の負け犬が吠えるなど耳障りだ。愚民なんて生き物は、暴力で蹂躙してしまえばいい!」


 狂気じみた目をするゴードン伯爵が向かってきたので、今までと同じようにウサ太の能力で受け止める。


 バキッ


 化け物に近づいた影響で力が上がったのか、ウサ太の能力を使いすぎているのかはわからない。


 一つだけ確かなことは、ゴードン伯爵の攻撃を生身で受け止めたら、即死することだけだった。


 それでも俺は、焦燥感に駆られることはない。


 視界に映るものを見て、打ち負かす方法を考えようと思った。


「きゅーっ!」


 どごーんっ!


 颯爽と現れたウサ太の突進攻撃で、ゴードン伯爵は吹き飛ばされる。


 さすがに本家は威力が違うみたいだ。


 俺が使う硬化スキルよりも、遥かに硬度が増している印象を受けた。


「きゅー! きゅー!」


 魔物らしく争う姿勢を見せるウサ太は、地団太を踏んで威嚇している。


 そこから僅かに遅れる形で、アーリィが駆けつけてくれた。


「無事みたいでよかったわ」

「こっちもアーリィたちが来てくれて、ホッとしているよ」

「お礼なら、シルクキャットに言った方がいいと思うわ」


 そう言ったアーリィは、目に見えないくらい細い糸を手に持っていた。


 ニャン吉が居場所を知らせるために、長い糸を生成したまま、湖まで走ってくれたみたいだ。


「じゃあ、フィアナさんも大丈夫そうだな」

「ええ。今はクレアと軍隊蜂に任せて、湖に待機してもらってる」

「助かるよ」

「そう思うなら、軍隊蜂の興奮を鎮めるために、早く戻った方が良さそうだけど……」


 言葉を詰まらせたアーリィの視線の先には、ウサ太に攻撃されたことに腹を立て、頭をかきむしるゴードン伯爵の姿があった。


「アアアッ! アアーーー!」


 小さいウサ太から攻撃を受けただけでなく、威嚇行為を取られているとなれば、高慢な性格のゴードン伯爵が苛立つのも無理はない。


 もはや、人の言葉を忘れたかのように声を荒げ、怒りに身を任せて、近くの木をへし折っていた。


 途轍もないパワーをしているとわかるが、勢いよくそれを投げてくる時点で、効果的な攻撃方法とは思えない。


 ウサ太のスキルでガードすれば、なんなく対処することができた。


 これには、アーリィもポカンッとした表情を浮かべている。


「なんだか変な魔物ね。初めて見るわ」

「ああー……。一応、元は同じ人間だ」


 一瞬、アーリィが人間を斬ることを躊躇うかと思い、真相を伝えるか躊躇したが……。


「えっ、キモ。日頃の行ないが悪すぎて、魔物にでもなったのかしら」


 どうやら杞憂に終わったらしい。


 案外アッサリと受け入れてくれただけでなく、容赦なく剣を抜いていた。


 戦いが日常化している異世界人と平和な国で育った俺とでは、大きく価値観が違うのかもしれない。


 すでにアーリィは盗賊を討伐しているとも聞いているし、この場においては、むしろ頼りがいがあるくらいだった。


「ああいう力任せの相手は、私の得意分野ね」

「アアッ?」


 こちらの言葉は理解しているみたいで、ゴードン伯爵はアーリィの言葉に反応する。


 しかし、アーリィは気にした様子を見せず、ゆっくりと近づいていった。


「人が魔物になったからといって、同情することはできないわ。世に仇なすものは消すべきだって、師匠が言ってたもの」

「アアアーッ!」


 我を忘れたゴードン伯爵が勢いよく飛び込み、力任せに腕を振り下ろす。


 それをいとも簡単にヒラリッとかわしたアーリィは、流れるような動きで剣を振り抜いた。


「切り裂け――白閃」


 化け物と化したゴードン伯爵は、鋭い爪や分厚い皮膚を持ち合わせているが、アーリィが押し負けることはない。


 まるで、柔らかい豆腐でも斬っているかのように、剣は滑らかに動いて、彼の体を切り裂いていた。


 ドサッ


 憤怒の表情を浮かべたままゴードン伯爵が倒れ込む中、アーリィは涼しい顔でそれを見下ろす。


「残念だったわね。私、人を斬ることに躊躇しないタイプなの」


 サウスタン帝国が建設した砦を容赦なく破壊するイリスさんと同じように、弟子のアーリィも冷酷な一面を持つんだな、と思ってしまう俺なのであった。

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