歌の少年
世界は多くの願いが落ちている。
ーお金が欲しいー
ー空を飛びたいー
ー過去に戻りたいー
いろんな願いだ。
もしも、どんなに実現不可能な願いでも叶うチャンスがあるのなら。
これはいろんな願いを持つ者たちと願いの管理者の記録。
扉の先は本当に異世界のようだった。
見たことのあるような、見たことのないようなって感じの動物がたくさん遊んだり、草を食べたりしていた。
青々と生い茂る草むらは、まるで外にいるようだった。
まあ、天井が見える点が残念ポイントだが。
それでもきれいな森のようなところに出た。
「…………♪」
ん?
どこからか、歌が聞こえてきた。
とてもきれいな歌声だ。
誰が歌ってるんだろう?
まさかのマシューとか?
それともそれ以外の人だろうか。
歌声に誘われるように森の奥へと進んでいった。
しばらく歩くと、大きな泉があった。
とても大きな、透き通った、きれいな泉。
周りの草をかき分けながら歌声をたどると、歌っている少年を見つけた。
まだ10歳くらいの今から400年ぐらい前のヨーロッパあたりの服装をした少年だった。
なんでそんな服を着ているんだろう?
なんかぼろぼろだし……。
少年は歌っているのに夢中らしく、歌声は途切れることなく続いた。
少年の歌は自分の語彙力が少なすぎることに申し訳なくなるくらいすごかった。
泉のようにとても透明なきれいな声だ。
聴いたことのない歌だったが、珍しく感動していた。
もっと近くで聴きたいと思い、少年に近づくと、歩いたガサガサ音で少年がこっちの方を向いた。
邪魔しちゃったな。残念。
少年は何か恐ろしいものに見つかったかのようにおびえている。
「あ、えと、ごめんね。邪魔しちゃって。」
「誰?」
少年は不安そうに聞いてくる。
「私はエリナっていうの。君、歌うまいね。すごく聞きほれちゃった。」
私は怖がらせないように優しく話しかけた。
つもりだった。
少年はまだ不安がぬぐえないようだった。
「えと、えとね、僕はバリス。エリナ……だっけ。よろしくね。」
不安そうにしながらもバリスは答えてくれた。
「怪しい人じゃないから、安心してね。……って、これじゃ怪しい人みたいじゃん。」
「ほんとに怪しい人じゃないんだね?」
信じてもらえるようにめちゃくちゃうなずきながら言った。
「それは本当にそうだから安心して。」
「エリナって面白いね。」
少し不安が軽くなったのだろう、バリスは笑った。
安心してくれたのか、少しずつ自分の事を話してくれた。
あまり裕福ではないこと。
だから、毎日吟遊詩人の弟子として働いていること。
でもあんまり楽しくないことなどだ。
「楽しくないなら働き先変えたらどうなの?他にも職業あるんじゃない?」
10歳くらいの子なのに、その年代の子には重すぎる責任を負わないといけないなんて……。
楽しいならいいと思うけど、そうじゃないならきついと思うんだよね。
「……。まあ、仕方ないんだ。こんな僕を雇ってくれるところなんて他にはないんだ。今の仕事が出来るだけまだましだよ。」
バリスは遠くを見ながら自分に言い聞かせるように言った。
「ほんとは歌を歌っていたいんだ。でも、それじゃ兄弟が全員ちゃんとご飯を食べれないんだ。」
「……、それはごめん。」
「謝ることじゃないよ。しょうがないんだ。僕さ、目が見えてないんだ。」
「え……。」
衝撃すぎる事実だった。
びっくりしすぎて固まってしまった私をバリスは気にしないで、と気遣ってくれた。
「目のことをみんなに言うと気味悪がられてどっか行くのに、エリナはそんなことしないんだね。ありがとう。」
「え、そうなの?それはひどいね。」
「うーん?エリナが特別だと思うんだけどな。」
そうかな?
あんまり不快にはならないと思うんだけどな。
バリスは他にもいろんな話をしてくれた。
会話はとても楽しく、話のネタが尽きない。
「僕はね、将来お歌の人になりたいんだ。だからね、毎日練習してるんだよ。」
「へえ、すごいじゃん!バリスならきっとなれるよ。」
「えへへ……。ありがと!」
かわいい。
もしも弟がいたらこんな感じなんだろうか?
「そういえば、バリスってどこに住んでるの?」
「オスマン帝国だよ。最近は戦争がひどくなって、大変なんだ。」
オスマン帝国?
今はトルコだったはずだが。
もしかして過去から来た人なんだろうか。
そういえばマシューが言っていた気がする。いろんな場所、時代と此処はつながっていると。
そんなことはないでしょって思っていたから、忘れていた。
本当につながっていたなんておどろきだ。
「そっか……。大変だね。」
「エリナは?どこ?」
「日本だよ。」
「にほん?知らないや。エリナってもしかして未来の人?」
「もしかしたらそうかもね。私の時代にはオスマン帝国って国は名前が変わってるんだよね。」
「え、ほんと?どんな名前?教えて!」
トルコっていう名前になるんだよ。そう言おうとしたときだった。
誰かがふわっと後ろに立った気配がした。
さっと振り向いた瞬間、私の口に人差し指を当てられた。
「しー。だーめ、教えちゃ。」
後ろにいたのは髪の長い籠を持ったきれいな人だった。
マシューでもアスラでもない人だった。