09話 クロマク退治
「イーヴァ、なにをする気なんだ。さっきも行ったけど、あいつらはこのマールの村の異端児なんだ。みんながみんな、あんな奴らばっかりじゃない。それに、あいつらに目をつけられたら、君の身になにがあってもおかしくないんだ!」
「その時は、私を護ってくれる?」
「僕がいる時は勿論だけど、僕がいない時が心配なんだよ!」
「それなら心配ご無用。私は強いから」
左手に木のナイフを、右手に枝を持ったまま、私は笑顔であの六人組に歩いていく。
男の子たちはこらしめたからこれ以上は必要ないけれど、あの男の子たちが女の子たちの言いなりなんだったら、しっかり彼女らにも落とし前をつけてもらわなきゃ。
六人が私の存在に気付くまで近づくと、右手の枝を三人の女の子に向けて、マナを集めた。この地はマナで溢れている。だからこの力を使えるんだと思うけれど、何度も使っていたら私の体力が持たない。
だから、今日はこれで最後。
木の枝に集まったマナは、水色の輝きを湛えていた。
これは空気と空と、風のマナだ。私はこのマナを使って頭の中にある引き出しから、とある法術の術式を抜き出す。
そしてゆっくりと、宙に円を描いていった。
さっきよりも自信はある。
きっと、上手くマナを操れる。
私は水色の円陣を書き上げると、左手に棒を、そして右手にはナイフを持ち替えて、構えた。
「ちょ、ちょっとイーヴァ!」
エセルの声を聞き流し、最後の一文を唱えた。
「……我が意のままに、飛べ……」
『分裂の法術!』
宙に描かれた円陣の真ん中に棒を突き刺して法術を発動させる。円陣が輝くのと同時に、木のナイフを思いきり円陣に投げ込んだ。
円陣を突き抜けた一本のナイフは、滑空しながら無数に増え、横殴りの雨のように、女の子たちに向かって飛んでいった。
「え、うそ、なにあれ、びぎゃああああああああああ!」
下品な悲鳴と共に女の子らが慌てたが、もう遅い。
分裂したナイフは、手を前にして目を瞑る女の子らの股や脇、耳や太ももの側を通り抜ける。
そして女の子の奥にあった岩壁を深く抉った。
「あらら。この術って、こんなに破壊力があったんだ」
すべてのナイフが岩壁を穿つと、崩れた岩のかけらが湖に落ちる。
でも、法術を上手く操れたので、恐怖でへたり込む女の子らには、傷ひとつなかった。
……と思う。きっと。
「イ、イーヴァ、きみは一体? それにさっきも棒で、なにもないところになにか書いてたけれど、あれは?」
「うーん、説明できるほど、まだ完全に思い出せていないの。記憶が戻ったら、そのときにね。ところでエセルはあの子らと知り合い?」
「あ、まあ、こんな狭い村の同年代だからね。でも、断じてあいつらの仲間なんかじゃない!」
エセルが真剣な瞳を向ける。
そこには邪心を示す黄色いマナは浮かんでいなかった。
やっぱりエセルは、信頼できる。
「うん、そうだね。じゃあ、あの外道グループに伝えておいて。私は村長さんの家に住まわせて頂いている記憶喪失の女、イーヴァ・ケイン。返り討ちに遭う覚悟があるなら、いつでもきなさいって」
「ははは、怖いなイーヴァは」
「あら、強い女はお嫌い?」
「むしろ好みだよ」
不意を突かれた。
まるで告白されたみたいで、顔が熱くなる。
やだな、もう。
「き、今日はもう疲れちゃったし、いろいろあって興醒めしちゃったから、釣りはまた今度でいい?」
「ああ、そうだね。あんな目に遭って、釣りなんて、できないよね」
「そうだ、ひとつ訊きたいんだけど」
「うん?」
エセルに顔を近づける。
「あの子たちも言っていたけど“イーヴァ”って名前になにかあるの? あのローマンって男の子は、名乗っただけですぐに“村長のとこ”って言ったわ。無関係とは思えないんだけど」
「ああ、そのことか」
エセルは私の目を真っ直ぐ見て、告げた。
「村長さんには一人娘がいたんだよ。僕より年上で綺麗な人だったんだけど、幻惑の森に入ってから、帰ってこなかった。その人の名前が、イーヴァなんだ」
「そう、なんだ」
薄々は気づいてた。
お父さまもお母さまも、見ず知らずの私に対して手厚すぎるし、女の子向けの服をすぐに用意してくれたのだから。
やっぱり、娘さんがいたんだ。
「ありがとうエセル。こんな私だけど、また魚釣りに誘ってくれる?」
「それは勿論さ!」
エセルは即答して、満面の笑みをくれた。
それから私は、すぐ家に帰らなかった。
日は傾いていたけれど、まだ暗くなるには時間がある。
だから、一箇所だけ確認しておきたい場所があった。
幻惑の森だ。
私は村の人たちに聞き込みをして、方角的には村の南西に位置する森だという情報を得て、早速行ってみた。
「ここは……」
一目で私は、ここがただの森ではないことを見抜いた。
森の入り口から先は怪しい霧が立ちこめ、暗闇になっており、辺りには黒いマナの光源が漂っていて、明確な悪意を感じた。
これじゃあ、マナが見えない人たちが通れるはずはない。
納得した。
そんなことを考えつつ、集中して森を睨み付けると、風も吹いていないのに、ざわざわと木々や草が揺れ始める。
どうも森は、私を歓迎していないらしい。
「ふふっ。でも、あなたたちを退ける方法はわかったわ。またくるから、その時を楽しみにしててね」
ざわわわわわ、と、森が音を立てて私を威嚇してきたが、その音を無視して振り返り、家路についた。