最終章 アレンシアの魔女 01話 ただいま
「はぁ、はぁ……つ、着いた……」
セレニィと別れてから、二ヶ月後。
私は、ようやくここに辿り着いた。
幻惑の森。
私がマールと名乗ることになった全ての始まりの地であり、終焉の地への関門だ。
ここに入ると、幻惑に惑わされて方向感覚を失い、森を永遠に彷徨ってしまう。
でも、私には見える。森から私の周りに緑、青、茶色、黒のマナに加えて、優しさの象徴である“桃色”のマナが囲んできることを。
私の生涯の相棒となった杖をくれた森。
両手でこの幻惑の杖を握り、森に向かって呟いた。
「た だ い ま」
次の瞬間、目の前の木々がざざざ、と音を立てて、道が開けた。
まるで森が「おかえり」と言ってくれているように。
「幻惑の森……あなた本当は“鎮守の森”だったのね」
がさがさ、ぎしぎし、と枝葉を擦らせる木々。
外界から悪い人間らが侵入しないよう、ずっと守ってくれていたんだ。
これまでも、そして、これからも。
「ありがとう。でも、あなたの使命はまだまだ先まで続くからね」
そう……彼がいる、あの時代まで。
この森はずっとこうであり続けるだろう。
森に足を踏み入れると、草木がおかしな動きをし始めた。
「わ!」
蔦が私の腰に絡み、森の奥へと引きずり込む。
そして私の身体を離すと、次の蔦が私の身体を受け取って、更に奥へと運ぶ。
その先には、明かりがあった。
森にはわかっているんだね。
私の命が、もうすぐ尽きようとしていることに。
この森は、呪われた森なんかじゃない。
とても暖かくて、優しくて、力強い。
呪われているのは私なのに。
こんな私を運んでくれるなんて。
やがてそのまま蔦で森を抜け、かつて村があった場所にすとん、と下ろされた。
「あり、がとう、幻惑の森さん。いって、くるね」
ざわざわ、がさがさという音と共に、私が通ってきた道がばさり、と閉じられた。
「う……!」
激しく咳き込んで、血を吐く。
最近、一日一回は胸に激痛が走り、喀血するようになった。
すっかり頬も痩けてしまった。
もう、時間がない。
私はマールの村に向かって、杖をつきながら歩く。
前回来た時、この先は湖になってしまっていたので『水面歩行の魔法』を使うつもりだった。
――けれど。
「あ……」
目の前に広がっていたのは、雑草が生い茂る広場だった。
マールの湖は元の位置で、静かにその水面を湛えている。
水が、引いていたのだ。
私はアレンシア各地に建てた四つの石碑のうち、ディゴバ・アンダーグラウンドの石碑にだけ、条件が整ったものを、あの湖付近に転送できるように『転移の魔法』を仕込んだ。
なぜ、そんなことをしたのか。石碑を建てていた時は意味がわからず、頭の中に浮かんだ地図の座標を転送先にしたけれど、記憶を取り戻した今ならハッキリとわかる。
だけど村があった場所は、かつての面影はない。
あるのは崩れた建物や畑などの、荒れ果てた集落の跡だけだった。
「うう……」
私は俯き、涙を流しながら、前へと歩を進める。
なにがアレンシアの神よ。
なにが闇種族を救った英雄よ。
なにが……暁の賢者よ!
幸せに暮らしていたはずのものたちの命を奪っておいて!
一歩、足を前に出すごとに、心の中で謝罪した。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ぽたり、ぽたりと涙を落としながら、杖にすがって、ゆっくりと歩く。
立ち止まったら、きっと膝から崩れ落ちるだろう。
だから我慢して歩いた。
やがて村の跡地を抜け、坂道を登る。
この先に、私は記憶を失った状態で倒れていたのだ。
あの頃は記憶を失っていて気づかなかったけれど、なぜ、この坂の上に行かなかったのだろう。
そうすれば少なくとも、なにかの手がかりは掴めたのに。
今更、悔やんでも仕方がない。この坂を登り切らなきゃ。
私はぜえぜえと息を乱しながら、幻惑の杖に体重を預け、時間をかけて坂道の先へと辿り着いた。
「え……?」
そこにあったものを目にして、私は座り込んでしまった。
既に立派な祠があったのだ。
私はここに来たことがないけれど、この山に囲まれた環境のお陰か、まるで最近建立されたばかりのように、しっかりとした祠だった。
今の体調で、祠を建てる体力を温存できたのはありがたい。
「……よし!」
最後の石碑を建てよう。
私の想いを、あなたへのメッセージを。
この石碑に、ぜんぶ込めよう。
私は杖を使って立ち上がり、祠に入った。




