12話 最後の旅路へ
その日の夕方。
私は愛する息子ゼクトを胸に抱き、セレニィが準備してくれた馬車に乗って街道を駆けていた。
「!」
ふわり、と、赤いマナが私の目の前を横切る。
その瞬間。
胸を掴まれるかのような圧迫感と不安感に、全身から汗が出た。
「セレニィ」
太く、静かに、声を出す。
「どうしたの?」
「うう……ごめんなさい……間に、合わなかった」
「なにが……あっ!」
セレニィが、馬車をとめて振り返る。
急速に辺りが暗くなっていく。
そして、私とセレニィがいた村の辺りに黒い雲が集まり、突然、その中心から渦が降りてきた。
「ああ、ああ……」
悲嘆の声が漏れる。
渦に村の建物や、人が、吸い込まれていく。
そして空で激突し、粉々となって降ってきた。
「ううっ!」
私はそれを目にして、思わずセレニィの胸に顔を埋める。
セレニィは、優しく私の頭に手を置いてくれた。
轟音が辺りを包み込む。
紅の魔女が、また一つの村を破滅に導いてしまった。
「行くよ、マール」
セレニィが手綱を引き、私を抱いたまま馬車を走らせる。
「ううううう、わああああああああああああああああああああ」
震える空気と激突音を耳にしながら、セレニィの胸にすがることしかできなかった。
これではっきりした。私の呪いは、またその効果を発揮している。
つまりセレニィや、息子ゼクトと一緒にいられるのは、あと今日を含めて二日。
これが紅の魔女の宿命。忘れようとしても忘れられないもの。
さすがにセレニィもあれを目にして、沈黙を保っていた。
嫌われたかな。
でも、その方がいいのかもしれない。
「セレニィ、ありがとう。馬車を止めて。もうここでいいよ」
私はセレニィから離れて、そう告げた。
「なぜ、急に?」
「私と一緒にいたら、あなたが死んでしまう。だから、ここからは一人で行く。もしあなたやゼクトの身になにかあっても、私じゃ助けられないの。紅の魔女はあなたと、あなたの子供も殺すのよ!」
「…………」
セレニィは私の言う通り、馬を止めてくれた。
馬から下りると、私は後ろの馬に乗せてあった肩掛け鞄と、幻惑の杖を引き抜く。
ワンドは腰に差したままだし、鞄には水も食料も入れてある。
このまま……一人で旅立てる。
「これまで本当にありがとう、セレニィ。あなたがいなければディゴバの石碑は建てられなかった。それに、人肌の温もりを知らないまま、一生を終えることになってたと思う。子宝にまで恵まれた。こんなに嬉しいことはないわ。紅の魔女を愛してくれて、ありがとう」
セレニィは御者台から下りて、私を抱きしめてくれた。
「マール。君への好意は少しも揺らがないよ。大好きだ。今でも君と一緒になりたい気持ちは強くある。でも、今や僕の存在は君にとって重荷でしかない。これ以上苦しめたくないから、僕は信じて待つよ。また呪いが解けて、誰も傷つけないようになったら、ソトリスの村に帰ってきて」
そう言って、私の唇を奪う。
私も、セレニィを抱きしめた。
ああ……なんて幸せな温もりだろう。
「ゼクトはあなたに預けるわ。強い子に育ててね」
私が、馬車の中で眠るゼクトに目を向ける。姿は見えないけれど、アレンシアで初めての銀獣人だ。
これからあの子の子孫が、たくさん辛い目に遭うかもしれないけれど……。
銀獣人の母になれて、誇りに思うよ。
私はセレニィから離れて、強く言った。
「セレニウス・ノートリアス。紅の魔女の名において命ずる。汝は我が人生を、我が成したことを後世に伝えるのだ。そしてこの新たな希少種族、銀獣人の、よき、ちちと、なれ……ぐすっ……よいな!」
「ははっ! 確かに承りました!」
私たちは涙ながらに、最後の抱擁を交わした。
セレニィが去った後。
私は空を見上げていた。
ああ、なんとかもったかな。
ずっと、胸が痛い。
「ごほ、ごほ、ごぼ……!?」
ぼたぼたと、口から鮮血が地面に落ちる。
今にも倒れそうだ。
「さあ、いこう。私は紅の魔女。最後の石碑を建てるまで、絶対に倒れない。この命を燃やすわよ!」
私はふらふらと街道を歩き始める。
ここからが私の人生、最後の旅だから。




