11話 魔女の復活
「……あれ?」
私はベッドで寝かされていた。
なにが起きたんだろう。
むくっと、上半身を起こす。
そうだ。私は突然、意識を失ったんだっけ。
両手を握ったり、開いたりして、自分の身体の可動域を確かめる。
手も足も問題ない。
ベッドから起きて、立ち上がってみる。
純白のワンピースを着ていて、スカートがふわりと踊った。
「ここは、宿屋?」
口に出してみるが、全く問題なく発音できる。
以前にもこうやって意識を失ったことがあったけれど、その時は数日間、動くのもままならなかった。
その時。
ドアが開いて、セレニィが水桶を運んできた。
私と目が合う。
「マー、ル?」
「セレニィ。一体、私の身になにが――わ!」
セレニィは水桶を置くと、私に飛びついて、ベッドに押し倒した。
「ああ! マール、マール……あああああ!」
セレニィが私の胸で、泣きじゃくっていた。
「ごめんなさい。心配かけちゃった、かな」
セレニィの髪を、そっと撫でた。
「もう二度と目が覚めないんじゃないかと……ああ、よかった。本当によかった!」
「うん、本当にごめん」
子供のように泣き続けるセレニィから、本気の愛情を感じた。
それと同時に。
私の記憶に、異変が起きていることに気づいた。
「これ、は……」
お、思い出せる。
私が誰で、なにものなのか。
そして“彼”はどこにいて、誰なのか。
全ての記憶が戻っていた。
それと同時に、深い絶望が私を襲う。
私はもう“彼”と、二度と会えないことを悟ったからだ。
そして私には、まだやることが残っていることも。
「セレニィ、教えて。私が倒れた後、なにかあったでしょう?」
セレニィは私を離し、顔を近づけた。
「十日前、マールは僕からのプロポーズの話をしている真っ最中に、意識を失った。それからゼクトと一緒にこの村に辿り着いて、この宿屋で部屋を借りて、ベッドに寝かせてたんだけど……」
「なにか、あったのね?」
セレニィは言いにくそうに、視線をあちこちに飛ばしたけれど、眉間に力を込めて話してくれた。
「二日日前の夜だった。僕は側で眠っていたんだけど、マールの身体から赤いマナが噴き出したんだ。それは布団を弾き飛ばし、この部屋のあらゆるものを巻き込んで……まるで小さな台風のようだった。僕はゼクトを守るのが精一杯だった。それからマールの身体は、ぼうっと赤く輝き続けていたんだ。でも、その現象が起きたのは二日前の一度きりだけだったけど」
「そう……大変だったわね。ごめんね」
私はワンピースを脱ぎ、肌着だけになると、壁に掛けてあった服を着た。
旅用の服だ。
「マール?」
「セレニィ、ごめんなさい。私にはまだやることがあった。それと、あなたと一緒にはなれない」
「な、なぜ? 僕のことが嫌いになったのか?」
「そんなわけない! 違うの、違うのよ!」
唇を噛んで俯き、セレニィに告げる。
「私は紅の魔女に戻ったの。急いでこの村を出ないと、この村が滅んでしまうわ」
「!?」
セレニィは、呆然としていた。
「だから私はまた旅に出る。最後の石碑を、建てるために」
「最後? 四つで全部じゃなかったの?」
「うん」
私がローブをまとい、鞄を肩にかけ、ワンドを腰に差し、幻惑の杖に手を伸ばそうとした時、その手をセレニィが掴んだ。
「すぐ馬車の支度をする。一緒に行こう!」
「でも――」
「一刻も早く出たいのなら、馬車の方が早い。何処に向かう?」
そのセレニィの強い言葉に、私は今ならまだ一緒にいても大丈夫だということを思い出した。
「私と一緒にいると、三日後にあなたは命を落とすのよ?」
「三日後? 五日以上じゃ?」
「私が完全に紅の魔女に戻ったのが、おそらく二日前。その間、セレニィは私のそばにいてくれたから、もう二日は経ってしまってる。この村は大丈夫だと思うけど……嫌な予感がするの。早く離れたい」
「だったらあと二日だけ、一緒にいよう!」
「説得は、無理だよね?」
「ああ」
ふう、と嘆息し、私は覚悟を決めた。
「ここから南下して、フェーン地方のカリーンを目指すわ。そこから東に進路を変えて、またヴァスト山脈に向かう。そこに、最後の石碑を建てる場所がある」
「わかった。それだと悠長にしていられない。馬車の支度をしてくるからゼクトを頼む」
「ありがとう。また甘えちゃうね」
「いいんだ。じゃあ、準備してくる。絶対に一人で行っちゃわないでよ?」
「うん、約束する」
そう言って笑顔を向けると、セレニィは水桶を蹴飛ばして扉を開け、部屋を駆け出していった。
紅の魔女マール。
後に“暁の賢者”と呼ばれる魔法の祖であり、アレンシアの守り神。
彼女がこんな気持ちで旅をしていたかなんて、学校では習わなかったな。
それもそうか。
どんな文献でも、心までは文章化できない。
紅の魔女マールは、それほど不幸じゃなかったよ。
ねえ。
この想いが届くことはないけれど。
今から、そっちに行くからね。




