10話 いいわけがないだろう
皆が私に拝礼する中、エウトーが立ち上がって、更に声をあげた。
「ジェド連邦発足後、最初の仕事はマールの作業に全力で協力することだ。とはいえ迂闊に手を出せばマールの邪魔になる。よってディゴバのものらに命じ、定期的にマールが望む物資を届けさせることとする!」
「ははっ!」
「なお、マールとその従者に少しでも無礼を働いたものは即刻死罪だ。各責任者は、ディゴバの隅々にまでこの命令を届けよ」
「ははっ!」
エウトーの命に、部下たちが声をあげた。
「マール、いつまでもここで昔話をしていたいが、今は立場もある。許してくれ」
「なにを言っているのよエウトー。助かるよ。本当にありがとう」
私がまたエウトーに抱きつくと、エウトーは私の髪を優しく撫でてくれた。
「温かいものだな、人間というのは」
「ログナカンは、ひんやりしてるね」
ははは、と、笑みを交わす。
「作業が終わったら、旅立つ前に連絡をくれ。その時に改めて杯を交わそうじゃないか」
「うん!」
エウトーがサハデーに目配せすると、闇種族の一団はトロル、ダークエルフ、ログナカンの順で去って行き、私はもう一度、サハデーとエウトーに抱擁して、彼らは去って行った。
「ぼ、僕は、な、なんという光景を目にしたのか。あの闇種族たちが、一人の人間に、頭を下げるとは」
セレニィも胸に響くものがあったのか、涙目になっていた。
そして手には、ペンがメモが握られていた。
「ずっと私は一人で旅をしていると思ってたけれど、違ったんだ。彼らや、フォレストエルフたち。それにセレニィも。助けてくれる、いろんな種族が、こんなにいたんだ……」
私は鋭くワンドを抜く。
目一杯、力を込めて。
「みんなの助力のためにも、私は石碑を建てる。この石碑は、私がこのアレンシアに生きたという、証だから」
「手伝えることがあったら、なんでも言ってくれ!」
私はセレニィに笑顔を見せて、祠にワンドを向けた。
ディゴバの石碑は、完成まで一年と二ヶ月かかった。
その間、私の予想通り“十日以上滞在した地には災厄が訪れる”という呪いも発生しなかった。もし災いが起きていたら、未来のこの場所に石碑や町はないはずだから。
確信はあったけれど、やはり賭けでもあった。
三ヶ月で祠と石碑を建てる……予定だったけれど、大幅に変更を余儀なくされる出来事があった。
なんと、私が妊娠したのだ。
もちろん、父親はセレニィ。
それを知った彼の喜び様は、言葉では言い表せないものだった。
私はこの時代に、子供を産んでしまった。
しかも産まれてきた子供を見て……絶句した。
蒼き髪を持つ希少種族“蒼獣人”と、紅の髪を持つ“紅の魔女”の間に生まれたのは……銀色の髪と、紺碧の瞳を持つ赤子だった。
「蒼獣人は僕の代で終わりかな。これからは“銀獣人”の時代だ」
私は軽く目眩を覚えた。
銀獣人。
その言葉に聞き覚えがあったから。
「本来、希少種族である蒼獣人の子は、殆どが蒼獣人として生まれるらしいけど、この子は蒼獣人の掟を打ち破って生まれてきた。マール、これは凄いことなんだ。きっとこの子は、僕より強くなる」
うん、知ってる。
銀獣人は後に蒼獣人に変わって希少種族として、アレンシアを生きることになる。
私はそれを知っている。
むしろ蒼獣人というものに聞き覚えがなかったのは、そういうことだったんだ。
まさか私が魔法だけじゃなくて、銀獣人の祖になるなんて。
運命はどこまで私を利用すれば気が済むのか。
悔しいけれど、この小さくて愛らしい温もりを感じて、私は微笑みを浮かべざるを得なかった。
「マール、さあ、アレンシア初の銀獣人に、名前を付けてあげて」
セレニィがそう促す。
「え、名前?」
「誰にだって名前は必要だよ」
そう言われて、うーむ、と考える。
「じゃあ……ゼクト!」
「ゼクト?」
「うん。みら……じゃなくて、たぶん地方の言葉だと思うけど“始祖”っていう意味よ」
「ゼクトかあ。うん、いい名前だね。君の子らしいよ」
小さなゼクトを抱き上げて、笑顔になるセレニィ
「違うよセレニィ」
「え、なにが?」
「その子の名前はゼクト・ノートリアス。あなたの子供よ」
「あ、ああ、そうだね。僕が、父親? 信じられない」
「しっかりしてよ、お父さん!」
「なんだか実感が湧かないっていうか……照れるなあ」
とは言いつつも、セレニィは笑っていた。
私が子育てと石碑を建て終えるまで、セレニィはディゴバと私たちの繋ぎ役になって、あれこれと動いてくれた。ディゴバから送られてくる食べ物や飲み物のおかげで、何不自由なく過ごすことができたし、石碑も祠も無事に建てることができた。
馬車も、馬もアンダーグラウンド内でセレニィが面倒を見てくれたので、いつでも旅立てる。
でも、私の旅はここで終わり。
私にはマナが見える。
マナは、生命力そのもの。
そして私のマナは……かなり小さくなっていた。
四つの石碑に込めたメッセージが誰宛なのか、実は私もよくわかっていない。
最初は“彼”に宛てたものかと思っていたけれど、文面的にどうも違う。私はエウトーとサハデーに別れの宴を開いてもらった後、セレニィ、ゼクトと共にディゴバを去った。
ディゴバから南下してヴァスト山脈の西にある森を抜け、街道を南下してカリーンを目指す。
その道中で……恐れていたことが、再発してしまった。
そこは、とても小さな村だった。
私はフードを被り、紅の髪を隠して、セレニィと酒場で今後の話をしていた。
「マール、四つの石碑は無事に建て終えたよ。これで使命は終わったんだろう?」
「うん、たぶん」
「これからどうするか、考えてる?」
「いや、とくには。また旅から旅への生活かな」
「だったら、僕とソトリスの村に行こう!」
「……あなたの故郷?」
「うん。そこで、マールと、ゼクトと、三人で暮らしたいんだ」
「え?」
急にセレニィが私に片膝を突いて、見上げてきた。
「マール、僕と一緒になってくれないか?」
どう聞いても、率直なプロポーズだった。
私は瞬時に顔が熱くなった。
「駄目、かな?」
「駄目じゃない。嬉しいよ!」
「だったら――」
「でも、本当に私でいいの? 若くて可愛い女の子、いっぱいいるよ?」
「でもマールは一人だ」
「まあ、そうだけど」
私がもじもじしていると、セレニィが重ねて訊いてくる。
「僕はマールを尊敬し、愛しています。必ず幸せにします!」
「ありがと……でも少し待って」
「じゃあソトリスに着いたら、承諾してくれたってことでいい?」
「本気?」
「冗談で言えないよ、こんな大事なこと」
「そう、よね」
私が結婚?
考えたこともなかった。
呪いがなくなったとはいえ、かつて災いを振りまいていた私が。
こんな私が、幸せになって……いいのかな。
――いいわけがないだろう。
「え?」
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。




