09話 幸せ
今はただの大きな空洞だけれど、私は知っている。
目を閉じれば、脳裏に浮かんでくる。
ここでは全ての種族が集い、交流し、助け合って生活している町の姿を。
私は今はまだなにもない、この空洞の中心に祠を建てる。
こうして蒔かれた種は、やがて大輪の花を咲かせるだろう。
「セレニィ、下がってて。始めるわ」
ワンドの先にマナを集め、魔法陣を描く。
基本となるのは白、青、茶色のマナだけれど、ここには白のマナがない。
これまでの祠は、土と水を練って乾かした煉瓦を積み上げて作っていた。
でも、ここではそうはいかない。
しかし私は、答えを知っていた。
『我が意のままに、土を操れ……創造操土の魔法』
地面の上が厳しいなら、下に作ればいい。
瞬く間に穴が開き、その開いた穴から出てくる岩を積み重ねて、地下へ通じる道を囲む祠とする。
私は石碑の間をイメージしながら、ワンドを振った。
過去の私……いや未来の私は、ここに来たことがある。
その通りに思い描き、石碑を建て、二つの魔法をかける。
一つは、四つ全ての石碑を見ないと記憶に残らない、という、これまでの石碑にも石碑にかけてきた私独自の魔法。
もう一つはこの石碑だけに仕込む『転移の魔法』の発動だ。
なぜこれが必要なのかは思い出せないけれど、これまでの三つ全ての石碑を見て、この石碑を見て、条件に合ったものだけを私の特別な場所に転移させる魔法が、ここにだけは必要なんだ。
ふと“彼”の横顔が脳裏をよぎる。
祠を造り、石碑を建てていると、いつもぼんやりとした“彼”の姿を思い出す。
もしかしたら、ここの石碑を建て終えたら……思い出せるかもしれない。
私が失った、最後のピース。
これを取り戻せば、私は全てを思い出せる。
そんな気がして、再び祠作りに集中しようとした、その時だった。
「マール!」
気がつくとセレニィが、ワンドを構えて私の後ろにいた。
「ど、どうしたの!?」
「鎧の音がする! それも、かなりの人数だ!」
「え!?」
私は祠作りを止めて、耳を澄ます。
確かに出入り口の方から、物音がした。
「そんな……」
絶句する。
これから数ヶ月は見つかっちゃいけない作業に入るところを、たった一日目で?
私もセレニィの隣に立ち、ワンドをかざした。
「どうやら監視されてたか?」
セレニィが呟く。
そうか。この場所は、ジェドも知っていたんだ。
そして今はなにもなくて、獲物を追い詰めるにはうってつけだということも。
「セレニィ、今なら転移の魔法で逃げられる! あなただけでも……」
「断る」
「は?」
「マールを置いて逃げるくらいなら、ここで死んだ方がマシだ!」
「セレニィ……」
それは覚悟を決めた声だった。
「はあ、仕方ないね」
「ああ、仕方ないんだ」
こんな状況なのに、私たちは笑みを交わしていた。
やがて鎧を身にまとったダークエルフ、トロル、そしてログナカンらが続々と入って来て、私とセレニィを取り囲んだ。フロージアはいないけれど、見事に闇種族ばかりで、ざっと見ても数百はいる。
「これはさすがに、勝てないかも……」
もしここが陽の当たる場所なら炎系の魔法を使えたけれど、生憎、土や水系の魔法しか使えなさそうだ。
しかもこの場所は、壊しちゃいけない。
絶対に、守らないといけないんだ。
「僕がなんとか活路を見出す。マールは絶対に逃げきってくれ」
「ちょ、馬鹿言わないで!」
私はセレニィをきつく叱った。
「あなたは私の足跡を本にするんでしょう? だったら私を置いてでも逃げないと!」
「そんなこと出来るわけないだろ!」
「出来なくてもやるのよ!」
その時。
私とセレニィの正面から、四足歩行の獣に乗ったログナカンが現れた。
「あ!」
その見覚えのある顔に、思わず顔が綻ぶ。
獣から降りたログナカンは、両手を広げてこちらに歩いてきた。
「物々しくてすまない。安心してくれ、マール。我々は約束通り、君やその連れに手出しはしない。ただ、斥候からの知らせでここにマールがいるというので、つい懐かしくなってな。いてもたってもいられずに来てしまった」
その声、その顔、その姿。
豪奢な服を着ていたけれど、そのログナカンは記憶にあった。
「エウトー? エウトールル!」
私はワンドを腰に戻し、そのログナカンに向かって飛びついた。
「おっとっと。ははは、元気そうだな、マール!」
エウトーが私を抱擁した。
「あなたこそ! 聞いてるわよ、ログナックの王さまになったんですって?」
「それだけじゃありませんよ、マール。エウトールル陛下は、これからジェド連邦評議会議長になられます。則ち、闇種族の頂点に立ったんですよ」
もう一つ、聞き覚えのある声がエウトーの後ろから聞こえた。
すとん、と、エウトーが私を下ろして手を離す。
「サハデーヴァ! ああ、懐かしい!」
私は満面の笑みで、サハデーに抱きついた。
「おっと、これは……異種族とはいえ照れますね」
「なによ。あの時、私を治療する時に全部見たでしょう? それより元気だった?」
「おかげさまです、マール。私は今、ログナックの宰相にしてジェド連邦評議会の副議長です。本当に全て、あなたのおかげですよ」
エウトーとサハデー。
あの時の二人とこの場所で再会できるなんて、夢にも思わなかった。
「時にマール、あなたはあの従者とここに石碑と祠を建てるのだろう?」
エウトーの言葉に、私はサハデーから離れて大きく頷く。
「石碑の話も聞いている。祠を建て、その中に石碑を安置する旅をしているとな。そしてその作業に、かなりの時間がかかることも。しかしマールよ、ここでその間の食料はどうするつもりだったのだ? よもやディゴバで買い物をして、などという考えではあるまいな」
「まさか。もう三つも石碑を建ててきたから、これまでよりもずっと早く建てられるわ。それが終わったら、ここでそのまま朽ち果てるつもりだった」
「それは許さん。なあサハデー」
「当然ですとも」
サハデーが手を上げると、荷車が次々と運ばれてきた。
その上には、大量の食料や樽が乗っていた。
「これって……エウトー!?」
エウトーは目を細め、周囲に視線を飛ばす。
「皆のもの、よく聞け。我らログナカン、ダークエルフ、トロルは、フロージアのディルギノ氷公にどれだけ痛めつけられてきたか。あの辛酸、よもや忘れたわけではあるまい。ここにいる紅の魔女マールが、あの憎きディルギノ氷公を倒してくれなかったら、今でもダークエルフは陵辱され続け、トロルは首をちぎられて玩具にされ、ログナカンは剥製にされていたであろう!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
三つの闇種族らが、全員雄叫びを上げる。
洞窟の中なので、反響して凄まじい声量となった。
「そして奴らの中から二度とディルギノ氷公のような化け物を出さぬよう、まもなく“ジェド連邦”が発足する。紅の魔女マールは我らジェド連邦の母である。母に敬礼を!」
「はは――――っ!」
そして。
その場にいるものたちが右手を伸ばし、左の二の腕に触れて、私に頭を垂れた。
なんだろう、このポーズ。
エウトールル連邦評議会長も。
サハデーヴァ連邦評議副会長も。
この場にいる全員が。
私はその光景に、胸がいっぱいになって、涙が滲んできた。
「マール」
セレニィが、私の肩を強く抱いた。
「やはり、あなたは偉大だ」
「ありがとうセレニィ。そして、ありがとうエウトー、サハデー。みんな……」
エウトー、サハデーとの再会も。
セレニィの後押しも。
闇種族たちの心も。
全部全部、嬉しかった。
私は幸せだ。




