08話 アンダーグラウンド
私がどんな時代から来たのかまでは覚えていないけれど、その頃、確かにディゴバ・アンダーグラウンドには石碑があった。
つまり、もう誰かと一緒にいてもいいし、町で暮らしても問題ない可能性はある。
とはいえ、私は幸せになる権利を持ち合わせていない。
今更、許されたって遅い。
私はそっと、自分の紅い髪を撫でる。
紅の魔女、マール。
各地に魔法を伝え、時には災厄をもたらし、闇種族ですら恐れる魔女。
そんな女を受け入れてくれる町が、あるわけがない。
もしセレニィが命を懸けて教えてくれなかったら、気づけなかった。
私はどこかの未来からこの時代に送り込まれたけれど、失われた記憶はまだ完全じゃない。
記憶が全部戻ったら、私の身に起きた全ての出来事が明らかになるだろう。
焦っても仕方ない。
考えても答えは出ない。
だから今は、セレニィの後押しに乗ってみよう。
やがて目の前に巨大な山が見えてきた。
あの山が全て、ジェド連邦の城塞都市、ディゴバだ。
今は、目の前のやるべきことをやろう。
さあ、ここからだ。
私はセレニィに、馬車をディゴバの東門から外れ、壁を右伝いに進むよう頼んだ。
「ディゴバに真正面から入らないのは理解できるけど、こっちになにか?」
「そうよ、こっちで正しいわ」
「それで、壁沿いになにが?」
「そこに面白い場所があるから」
「面白い、場所?」
「あ、城門付近は危ないから、街道を外れてね」
「わかった」
セレニィは首を傾げながら、私の指示通り、街道を右側に逸れて馬車を走らせる。
ディゴバの東側に位置するこの街道は、殆ど使われていなかったようで、道に草も生えているし、轍がくっきり残っていた。闇種族からすれば、この街道の先には陽種族の町しかないのだから、利用価値が低いのだろう。
そんな道から離れて、昼なお暗い草原を走る。
空はいよいよ鼠色の雲が重く垂れ込めていて、フォレストエルフの森のような美しい暗さを微塵も感じさせない、怪しい雰囲気が漂っていた。
雨は降らない。
もしあの雲が雨雲なら、水を象徴する青いマナが飛び交っているはずだけれど、最も多く浮いているのは双月の輝きを宿した紫のマナだった。ここまでの石碑には多くの白いマナを使ってきたけれど、ここにはそれが殆どないので、この紫のマナを代用するしかない。
セレニィと私を乗せた馬車はディゴバの壁沿いを走る。
私は目を凝らして、その場所をじっくりと探していると、やがて馬車の行く手を切り立った岩壁が阻んだ。
「あった! あそこ!」
御者台から立ち上がって、左手で指さした。
そっか。ひょっとして、この場所をこれからアレンシアに広めるのは、セレニィなのかもしれない。
私はいつものようにワンドを腰に差し、幻惑の杖を持った。
「え、あそこで馬車を止めればいいの?」
「うん!」
セレニィは私が指定したところまで移動して、馬車を止めた。
「セレニィ、メモを忘れないで。これから起きることを全部記録してね」
「言われなくても、そ、そうするよ。これは……」
セレニィは馬車を停めると、目の前にあるものに工学士、馬車を降りて懐からメモ帳を取り出した。
「な、なんだ……ここは!?」
「ふふ、驚いた?」
私は目を丸くするセレニィに笑みを浮かべ、正面に目を向けた。
そこは、巨大な洞窟だった。中は馬車が二台通れるくらいの広さがあり、洞窟の奥からは壁や天井にある発光岩による輝きが僅かに漏れ出していた。
「これは、凄い……!」
「まだ驚くのは早いわよ。この奥はもっと明るい上に、町が丸ごと一つ入るくらいの広さがあるわ」
「ジェド連邦の中心地であるこの都市に、こんな場所があるなんて!」
セレニィは辺りに目を向けては、ペンを走らせていた。
「しかもこれは、発光岩の洞窟だね」
「それもこの量だもの。どうやら発光岩の鉱床を利用して作られたようね。発光岩は貴重な鉱石だから、闇種族らが入る以前、ドワーフが見つけたものじゃないかしら」
「なるほど……」
私はワンドにマナを溜めて魔法陣を書き『陽光の魔法』を唱える。
辺りがより鮮明に照らされて、岩たちの陰影が美しく浮かび上がった。
「ありがとう」
「いいのよ。セレニィにはここの場所とか、中とか、しっかり記録してもらわなきゃ。さあ、行くわよ」
「あ、待ってよ!」
私とセレニィは、後にディゴバ・アンダーグラウンドと呼ばれる町になる場所へと進んでいった。
「…………!」
アンダーグラウンドの中に入って、セレニィは絶句していた。
何メルあるかわからない天井。
そこから半球形状にくり抜かれたような、巨大な空間がそこにあった。
「どう? これだけ明るければ、他に明かりはいらないでしょう?」
私はワンドの輝きを消し、辺りを見回す。
どうやら発光岩は、微量ながら陽光と同じ効力があるらしく、外よりも草が生えていた。
所々に掘削道具や、採掘された鉱石などがそのままにされていた。
「た、確かに……これは凄いなんてものじゃない。マールはどうしてここを知っていたの?」
「えへへ、それは内緒」
記憶の中にあるディゴバ・アンダーグラウンドは、こうじゃなかった。
とはいえ私が持っている黒石を使うには、少し大げさだ。
だから、きっとここにあるはずだ。
私はもう一度、辺りに目を向けて、セレニィに言う。
「私はこれからここに祠と、その中に石碑を建てるわ。セレニィにはお願いがあるの。まず馬車をここに入れて、暫く過ごせる拠点を作って。それと放置されている鉱石の中から、これと同じものがあるはず。たぶん、これよりは小さいと思うけど……探してもらえる?」
「いいけど、なにを?」
そして鞄から出したのは、石碑の基となる黒石だった。




