07話 呪いの数
結局、私はセレニィに押し切られ、二人でディゴバに向かった。
手綱を力強く握り、背筋を伸ばし、笑みを浮かべるセレニィに対して、私は彼にもたれかかり、虚ろな瞳で前を見ている。
馬車は風を切り、山道を疾走する。
この辺りは崖がないので、速度を上げても転落の危険はない。
でも……上からは、なにが落ちてくるかわからない。
それに闇種族の襲撃も考えないといけない。
こうなったら今回だけは、私も自分の呪いに抗ってみようと思う。
私はワンドに『外印展開の魔法』をかけて、あらゆる状況を打破できるよう、あらかじめ五つの魔法陣を封じ込めた。
ある意味、ディルギノ氷公との戦いより緊張している。
セレニィを守る。絶対に、なにがあっても。
今まで自分の呪いに、これほど強く抗おうと思ったことはなかった。
そして辺りが暗くなる。ジェド連邦領内に入ってからずっと曇天が続いているせいか、陽が落ちるのもかなり早く感じる。
私とセレニィは早いうちからキャンプの準備を始めた。
なるべく広くて、なにが起きても対応できる場所を探していたところ、ちょうど良く広場に出たので、そこで一夜を明かすことにした。
一番気をつけなくてはならないのは、やはり落石だろう。
かつてルチルさんの商隊を圧し潰したのもそれだった。
辺りを見渡すと、獣の爪のように岩が立ち並んでいる。
私はセレニィに『無欠防護の魔法』をかけた。この魔法が効果を発揮している限り、岩だろうと矢だろうと、一回は完全に防ぐことができる。問題は立て続けになにかが起きた場合で、その時は逃げるのが一番安全だ。その辺りをセレニィに言い聞かせ、警戒心を高めてもらった。
やがて完全に陽が落ち、私がセレニィと再会して五日目を迎える。
「いい、セレニィ。私は必ずあなたを守る。だからあなたも戦って。なによりも、自分の命を優先して。でも、もし生き延びられたら……い、一緒に、旅しよ?」
「わかった」
否応なく緊張感が更に高まる。
これからきっと、私の予想を上回る災禍が起こるだろう。
でも、もう負けない。
底知れぬ優しさを……。
人と触れ合う幸せを……。
知ってしまったから。
私は幻惑の杖を構え、周辺に意識を張り巡らせた。
それから何ハル、経過しただろうか。
空には大きな、二つの月が浮かんでいる。
慈愛と実りをもたらすという、蒼の月。
力と未来を司るという、紅の月
その二つが、おいかけっこをするように遠く、天高く、辺りを照らす。
私は一セカも集中を切らすことなく、セレニィの周りを警戒した。
「マール」
セレニィが懐中時計を見て、声をかけてきた。
「なに?」
「僕がマールと再会して……五日と五ハル、経ったよ」
「え、そんなに!?」
おかしい。
さすがに五ハル経っても彼の周りでなにも起きないなんて。
今までなら一ハル以内には、必ずなにかの変化があった。
私がそばにいるから、ということはない。
なぜなら呪いは私ごと襲いかかってくるからだ。
辺りのマナを見ても、特に変わったところはない。
猛獣が出るなら黄や赤のマナを感知できるはずだし、岩が降ってくるなら茶色のマナが溢れるはず。それ以外でなにかあるとしても、必ずマナに何らかの予兆がある。
それが、どういうわけか、一切感じられなかった。
「なにも……起きないみたい、ね」
「マール!」
「な、ちょ、わ!」
セレニィは私に駆け寄ってきて、腰に手を回して抱え上げた。
「やったんだよ、もうきみにかけられた呪いは、消えているんだよ!」
「そそ、そんな!?」
あはははは、と笑いながら私を抱き、その場を回るセレニィ。
「喜んで、いいのかな?」
「いいに決まってるじゃないか! 僕がこうして君に触れられているのが、その証拠だよ」
「でも、まだ、たったの五ハルだから。セレニィは眠って。私はこのまま朝まで様子を見るわ」
「わかった。でも、無理しちゃ駄目だよ」
「ここで無理しないで、いつ無理するの?」
「……そうだね」
セレニィはにっこり笑って私にキスすると、今度はおとなしく眠りについてくれた。
時刻は深夜一ハル。
五日前、セレニィが私を発見してキャンプの準備を始めたのが、午後八ハル。
確かにもう五ハルも経っているのか。
と、私はそこで重大なことに気づいた。
ディゴバの石碑はこれまでと違い、ディゴバ・アンダーグラウンドという城塞都市の中に建てる。
都市には当然、闇種族が闊歩しているので陽種族は近づけない。故に陽種族の拠点は町中ではなく地下にあり、いずれ陽種族たちがこの地を旅する時の経由地点として利用されることになる。
つまり今回ばかりはアンダーグラウンドとはいえ、ディゴバの町中に一年間、滞在しなくてはならない。
もし私にかかっている呪いである「同じ箇所に十日間滞在すると、その町や村には災厄が訪れる」というものが有効なら、ディゴバに石碑は建てられない。
私はその事実に気がついて、胸をなで下ろした。
「セレニィ、あなたの言う通りだった。ありがとう」
これは私だけが知っている、事実。
そして私しか確信できない、現実。
かつてフォレストエルフのフィオン女王陛下が言った私の呪いが「多すぎる」というのは、四つではなく五つもかけられていたからなんだ。
五つ目の呪い。
それは。
私が……未来からこの時代に来た、ということだったから。




