06話 死なないよ
翌朝。
私とセレニィは同じ寝袋で目を覚ました。
目を開いた時、セレニィは私の髪を撫でていた。
「おはよう、マール」
「あ、うん……おはよ」
私たちは全裸だった。
初めて、男の人を受け入れた。
最初は痛かったけれど……す、凄かった。
こんなに蕩けるようなことがあるなんて。
それを、まさかこんな私が経験するなんて。
夢にも思わなかった。
でも、いい思い出になったのかもしれない。
今日の夕方までに、なんとしてもセレニィを私から引き離す。
そこで、私の素敵な時間はおしまい。
女は、ここに置き捨てる。ここから先は、紅の魔女に戻らなくては。
すると、セレニィが私の首筋に舌を当てた。
「あっ」
それだけで全身が痺れ、また熱くなる。
「もう! セレニィったら! 朝だよ?」
「足りないんだ」
「え、ええっ!?」
「おかわり」
「えぇ……?」
私はまた、心も身体も開かされた。
結局、昼前まで私たちは絡みあった。
この街道は闇種族と陽種族の境目にあたるので、幸いにも誰も来なかった。
こんな姿を見られたら……別の意味で生きていられないかも。
でも、幸せな最後の時間だった。
私は疲れ果てて眠っているセレニィに感謝しつつ、身体を起こして寝袋から抜けると、服を着て、いつもの肩掛け鞄とワンド、そして幻惑の杖を片手に、洞窟を出てディゴバに向かって一人で歩き始めた。
セレニィの気持ちはとても嬉しい。
でも、セレニィが離れないというのなら、私から離れるしかない。
彼はきっと、しばらく眠るだろう。
それにしても、と、セレニィとの情事を思い返し、不思議な気持ちになった。
まさかあの頃助けた子供に抱かれるなんて、予想できるわけがない。
一緒にいられないのは悲しいけれど、そんな思いは何十年もしてきた。
私はほっぺを叩き、顔つきを変える。
この先にある城塞都市ディゴバに、石碑を建てるんだ。
それは、今までの三つとは大きく違う。
石碑を建てるにはかなりの時間、マナを石に送り込み続けなければならない。
幸い路銀は潤沢にあるけれど、今までの町と違って食料などを買い込む場所がない。いくら私が闇種族らと懇意だったとしても、呪われていたとしても、元は陽種族なのだから、物を売ってくれる確証はない。
つまり手持ちの食料と、現地で得られるものだけで長期間、滞在しなくてはならない。
それでも私は、ディゴバに石碑を建てる。
建てなければならない。
それが、紅の魔女マールの使命だから。
この石碑さえ建ててしまえば、後はどうなろうと構わない。
紅の魔女、最後にして最大の仕事になる。
これまで培ってきた全ての能力を注ぎ込み、最短で石碑を建てよう。
そう思いつつ、徐々に灰色の雲が空に広がり、暗くなってくる辺りを警戒しながら歩いていると、後ろから車輪と馬の嘶きが聞こえてきた。
「は?」
まさか。
あれだけ止めたのに?
呆然としていると、私の横に荷馬車が停まった。
「酷いじゃないか。僕を置き去りにするなんて!」
セレニィだった。
頬が緩みそうになるのを堪えて、そっぽを向いた。
セレニィは御者台から降りて、私に近づく。
「駄目よ。この先はジェド連邦だから。お願いだからもうここで帰って」
「嫌だ!」
セレニィの頑固さに、私の怒りが爆発した。
「本当にわかってるの!? あなた死んじゃうんだよ? あなたはそれでもいいかもしれないけれど、残される私の身にもなってよ!」
「それは、ごめん。でも一秒でも好きな人と一緒にいたいというのは、駄目なのかな?」
「勝手なこと言わないで。あなたは私の生きた証を後世に残すんでしょう? だったら生きないと。生きて、素敵な女性と一緒になって子孫を残して、私のことを伝えてよ。それが後世に残すっていうことじゃないの?」
「紅の魔女、いや、暁の賢者マールの記録は、魔法で弟に送ったよ」
「え……は?」
暁の、賢者?
「あなたは魔女なんかじゃない。こんな心優しい魔女がいるはずがない。だから僕は紅の魔女マールを、暁の賢者マールとして残すんだ!」
「……私は、あなたよりもずっと好きな人がいる。これは話したわよね?」
「うん、マールには心から愛する人がいる。その人の為だけを想い、それを力に変えて、ここまで旅をしてきた。でも、その人を愛しているマールを、まるごと愛している人がここにもいる!」
セレニィの言葉に、思わず涙が零れた。
「ありがとう。私もあなたのこと、好きよ。だからこそ死んでほしくないの」
「僕は死なないよ」
「どうしてそんなことを言えるのよ!」
「役割があるからだよ」
セレニィの瞳を覗く。
ああ、駄目だ。これは、なにかを強く決心した人の目だ。
「あなたの、役割って?」
「マールが四つ目の石碑を建てる、その手伝いをすること」
「そんなことで……」
「曲げないよ。僕はマールと同じくらい不器用で、我が儘で、頑固な男だから」
「!?」
ああ、本当にセレニウス・ノートリアスっていう人は。
「……あなたが今日死んでしまっても、私は泣かないわよ?」
「それでも構わない。馬車はあげるよ」
「馬も死ぬわ」
「なら物資を必要なだけ持って、ディゴバに向かってくれればいい。でも僕は、愛する人を残して死ぬつもりはないから」
「うぅ……わあああああああああ……」
私は膝をついて、号泣した。




