02話 もう限界かな
私は石碑を四つ建てるべく、各地を回っていた。
最初に建てたのはアレンシア南西部、サンディルナ地方セレンディアの町郊外だ。
この辺りはまだ十六国が入り乱れる戦乱の地だったけれど、なんとか祠を建て、その地下に部屋を造り、ドワーフからもらった黒石にマナを込め続けた。
初めは小さな石だったけれど、マナを込めるに従ってどんどん大きくなっていき、一年後、魔法を込められるようになる頃には、私の背丈を超えていた。
時折、セレンディアの町に行き、各地で魔法を教えた対価としてもらったお金で、食料や水、下着などの日用品を買い集めて、すぐ祠に戻った。
私が町や村に滞在できるのは十日間しかない。
故に町での買い物は最大限行い、滞在時間は最小限にした。
この石碑には、忘却の彼方にあった私の記憶を刻んだ。
少し恥ずかしいので、これを読んだものは祠から出ると忘れてしまう魔法を組み込む。四つ全ての石碑を読んで初めて、石碑に込めた想いをその人の記憶に残せる。
そんな魔法だ。
今や、魔法を新たに思い出すようなことはない。その代わり、これまでの魔法の知識を使って、新たな魔法を生み出せるようにはなっていた。
結局、私が初めて作った石碑には一年という時間を要した。
この石碑は私が生きた証であり、想いの結晶だ。
人生最後の大仕事として、なんとしてもやり遂げたい。
いや、やり遂げなければならないのだ。
次に行ったのは、コルセア地方の都市カリーンだ。
セレンディアからカリーンまでは、かなりの距離がある。
この石碑建立の旅の中で、この時ばかりは馬を使ったけれど、馬は五日後に倒れて……死んだ。
私が町や村以外で行動をともにしたものは、五日以上経つと命を落とす。それは闇種族、陽種族だけでなく、動物にまで及ぶことを知り、愕然とした。
こうして私は仕方なく徒歩で六ヶ月もの長旅を経て、コルセア地方カリーンにたどり着いた。私は記憶を頼りに場所を特定し、そこに祠を建て、ドワーフからもらった二つ目の黒石を使って石碑を建てた。
石碑造りに馴れたとはいえ、私の体力の消耗が激しく、結局完成した時には年が明け、双月暦五二九年になっていた。
この祠も、石碑も、絶対に壊されることはない。
それを私は知っているから、頑張って、旅を続けられたんだ。
急がなくてはならない。私の命の火が消えるのが早いか。
石碑を建て終えるのが早いか。
命を懸けた勝負だった。
次に石碑を建てる場所は、フェルゴート地方にあるレゴラントの町だ。
カリーンからレゴラントまでは、セレンディアからカリーンまでよりも更に長い道のりになる。
結局、私は六ヶ月の道のりを歩き抜き、レゴラントまでやって来た。
足腰が酷く痛む。今の私は、幻惑の杖なしでは歩けなくなっていた。
『完全治癒の魔法』も効かない。
なぜなら今のこの状態が、治癒された後のものだから。
それでも私はめげずに祠を建て、その中で石にマナを送り続ける。
まるで命を削っていうかのように、石をゆっくりと大きくしていく。
これまでの石碑と同様なら、これを一年続けなくてはならない。
常人であれば到底、耐えられない苦痛を我慢できたのは、やはり“彼”への想いが強かったからだろう。
私はこんな過酷な旅を続けるしかない、呪われた魔女だけど。
辛いことの方が圧倒的に多い人生ではあったけれど。
とても幸せだった。
それでも“彼”の声がする旅に、私は微笑み、涙を流し、想いに触れた。
私の記憶は完全じゃないけれど、かなり戻ってきていた。
なぜか“彼”の名前だけは思い出せないけれど、この辛い旅の中で極限状態にあるせいか、失われた記憶が徐々に戻ってくる。
楽しくて、ドキドキして、大好きだった“彼”との時間。
こうして私は無事に、三つ目の石碑を建て終えた。
ああ……疲れたなあ。
でも、まだあと一つ、石碑を建てないといけない。
弱々しい足取りで、祠を出て、私は北に向かう。
時は双月暦五三一年。
私が最初の石碑を建て初めてから、三年も経過していた。
まだ、倒れちゃ駄目。
私はそう自分に言い聞かせつつ、足を前に出す。
次の目的地はジェドのディゴバだ。
これまでとは危険度も疲労度も、段違いだった。
なにせレゴラントからディゴバに行くには、ヴァスト山脈の険しい山道を踏破しなければならない。そしてその先はログナカン、トロル、ダークエルフ、フロージアら闇種族たちが連合して治めている、ジェドという複合新興勢力だ。
いつ襲われてもおかしくないし、体力の限界で倒れてしまう可能性もある。
これまでの旅とは比較にならないほど、難しい。
はっきりいって、さすがに今回は自信がない。それが足取りに出ている。
でも、行かないと。
私は杖に身体を預け、傾斜の厳しい山道をひたすら歩き続けた。
水がほしい。
持っていた水はこの山道に入ってから、すぐに飲み干してしまった。
空腹はある程度耐えられるけれど、喉が渇くのはかなり辛い。
マナを見ても、水の象徴である青のものは一つも浮いていなかった。
まずい。
これは、雨も降らない予兆だ。
なんとか夜まで歩いて、そして……倒れた。
転んだんじゃない。
もう、起き上がれない。
指一本、動かせない。
自分の中から、生命の火が消えていくのを感じる。
ごめんね、許して。
私、精一杯がんばったんだけどなあ。
でも、もう……限界、みたい。
ごめんね。
本当に、ごめん。
私の意識は満天の星を消し去りながら、深い闇へと落ちていった。




