07話 分水嶺
「はぁ~、はぁ~、ははは、な、中々の攻撃だったぞ、小娘ぇ」
髪も髭も焦げていて、確かにダメージはありそうだけど、ディルギノの首を取らなければ意味がない。ログナカン、ダークエルフまで動かして、ここまでおおごとにしたのに、肝心のディルギノ討伐に失敗しました……では済まされない。
私はワンドを腰に差し、マナを集めた幻惑の杖を両手で握りしめて後ずさる。
額に脂汗が滲み、顔がこわばっているのがわかる。
「ははは、いい顔じゃな、小娘。しかし、ワシにここまで傷を負わせたものは久しい。さすがは紅の魔女。誇ってよいぞ」
「……ッ!」
二歩、三歩と後ずさるが、ディルギノの一歩で帳消しとなる。
「褒美じゃ。フロージアの英雄、ディルギノ氷公自ら、貴様の身体を粉々にしてやろう」
「うわ、わああああああああああああ!」
私はなりふり構わず、背を向けて走り出す。
「なにを……見苦しいぞ小娘ぇ!」
振り返ると、ディルギノは私を横薙ぎにしようと大剣を握りしめながら追ってきた。
「た、たすけてっ!」
無様に叫ぶ私にログナカンらは凍り付き、フロージアらは笑い声をあげた。
それでも私は必死に逃げ回り、ディルギノは悠々と追ってきて、嘆息した。
「いいかげんにしろ小娘! このワシと堂々と戦っただけでもお前は勇者じゃ。そんなお前を粉々にして、あのトカゲどもを粉砕したら、このまま南下し、全ての種族を支配下に置いて、ワシはアレンシアの王になる!」
「そんなあ、あああああああああああー……なんてねっ♪」
私はジャンプしながら振り返り、身体を開く。
その時。
追ってきたディルギノの身体が、ずどん、という音と共に、一気に首まで埋まった!
「ぬあ……な、にぃ!?」
困惑するディルギノ。
計画通り。
私はディルギノとの戦いの前から、この場所に仕掛けをしておいた。
変則的だけれど、『万物埋没の魔法』に“男がここを通ると首まで埋まる”という条件を付与した、落とし穴を作っておいただ。
私が逃げ回っていたのは、ディルギノをここに誘導するためだった。
「や、奴が平然と通っていた場所で、何故、ワシだけが落ちるのだ……こんなもの……ぬ、ぐぬ……!?」
ディルギノはその自慢の力で穴を抜けようともがいていたが、肩まで埋まっているのだから無理だろう。こうなればどんなに筋肉がついていようと、関係ない。
その膂力を発揮する起点は、関節なのだ。
先に使った上級魔法らは全て、私がもう万策尽きて逃げ出した、と思わせるための目くらましにすぎない。あれらの魔法でその身体を焼いてしまえるくらいなら、氷公などと謳われ、恐れられていないはずだ。
「今度こそ決める! 『円刃覇斬の魔法!』」
「この、ぐぅう、うおあああああああああああああああああッ!」
ワンドではなく杖から魔法陣が現れ、杖を刺す。そして空を切り裂きながら埋まったディルギノの首を、天高く刎ねあげた!
ごとり、という音とともに、ディルギノの頭部が落ちてきて、転がる。
「は、はあ、はあ、あぶ、危なかったぁ……」
魔法を使いすぎた。
身体から力が抜け、がくり、と膝をつく。
そしてフロージアも、ログナカンも。
双方が今、ここでなにが起きたのか、理解出来ていなかった。
「エ、エウトーッ!」
硬直した空気をぶち壊すために、私は大声をあげる。
エウトーは弾かれたように身体を震わせて、私の声に呼応した。
「わ、我らが同士、紅の魔女マールが、闇種族の仇敵ディルギノ氷公を討ち取ったぞ! さあ、その首を晒せ。サハデー!」
「ははっ!」
前に出て、エウトーの横に並んだサハデーが、剣を掲げる。
「みなのもの、見よ。フロージア軍は総大将を失った! つまりこの戦、我らの勝ちだ! これより残党狩りを開始する。右翼左翼は出陣し、敵軍を討て! 中央軍は将軍と共に進軍せよ。突撃だ――ッ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
我に返ったログナカン軍が、エウトーの号令で一斉にフロージア軍に襲いかかった。
何度か戦場に赴いたことがあったので、私は知っていた。
フロージア軍は二〇〇〇〇もいるけれど、総大将を失った今では“個が二〇〇〇〇集まっている”だけに過ぎない。
対してログナカン軍は五〇〇〇しかいないが、その五〇〇〇は統率のとれた“軍”である。いくら環境が不利であろうが、個の力で劣っていようが、こうなったらもう勝敗は決したも同然だった。
フロージア軍は突撃してくるログナカン軍に対して対処できず、散り散りになって逃げていく。ログナカンらを超える巨躯とはいえ、背中を向けた相手に槍を突き、弓を射るのは造作もない。
かくて戦場は、阿鼻叫喚の渦に巻き込まれ、大逆転劇が始まった。
大半のフロージアやログナカンは、この予想外の戦況に戸惑っていた。
これまでフロージアがログナカンを追い回すことはあっても、その逆はない。それだけにログナカン軍の士気は凄まじく、積年の恨みとばかりに声をあげてフロージアらに襲いかかる。
これには堪らず、フロージアらは背後にある大氷山脈の山道へと逃げ込もうとしたが、そこから大量の矢が振ってきた。
それも、普通の矢ではない。
この矢を受けたものは鎧ごと身体を貫かれ、山道は血しぶきの雨が降る。
なんとか上体だけ起こして、その戦況を眺める。
私は、こんな策を立てていない。
そもそもログナカンの北西方面軍はここにいる五〇〇〇で全軍のはずだ。
ならば……?
「ダークエルフの援軍です。間に合ってよかった」
私の横に来たのは、四足歩行の獣に乗ったサハデーだった。
「あなたがダークエルフたちに退路を断たせたの?」
「ええ。ダークエルフにこの地でフロージアと雌雄を決すると知らせた時、ログナカンの軍は必ず戦況優位になるので、彼らの拠点であるグレイウッズから北上し、大氷山脈の山道を東に進み、フロージア軍の後ろにて待機してもらいたいと打診しました」
「ははあ……」
これには、私も思わず舌を巻いた。
このサハデーヴァというログナカンは、かなり頭がいい軍師だと思い知らされた。
「でも、よくダークエルフが動いてくれたわね」
「そこは賭けでした。もっとも、別に動いてもらわなくても問題はなかったのですが、ダークエルフは最もフロージアに虐げられてきましたから、この好機には乗ってくると思いました。紅の魔女ならば必ず、あのディルギノ氷公を討ち取ってくれると記せば、数百くらいは兵を出してくれると思ったのです。しかしあの数……二〇〇〇はいますね」
「それだけじゃないわ。ここでフロージアを大いに討てばこの先、闇種族での立場を大きくあげることができる。そこまで計算に入れてたんでしょ?」
「ははは、さすがです、マール殿」
サハデーは大きな瞳を細めて頷いた。




