04話 フロージア
「紅の魔女マール。お前は大氷山脈に行ったことはあるか?」
「行ったことはないけど、大氷山脈ねえ……なんとなくあなたが言いたいことはわかったわ。私に死んでこいと?」
「ははっ、さすがは世界を旅しているだけある。察しがいいな」
大氷山脈。そこは闇種族フロージアの根城がある場所だ。
フロージアは闇種族の中でも最強にして、最悪の種族だ。膂力はトロルを凌駕し、生命力はログナカンを凌ぎ、知性はダークエルフをも上回る。背丈は標準で四メルほど。その残虐性は闇種族内でも抜きん出ていて、同族内でもささいなことで争いが起こるほどだとか。
当然、陽種族の中でフロージアとまともに戦える種族はいない。
ではなぜ、そんなフロージアがアレンシアの覇者になっていないのか。
理由は二つある。
一つは、フロージアが極端に暑さに弱いこと。
元々、大氷山脈は通年、氷で覆われている世界だ。そこで暮らすフロージアにとって、アレンシアを南下すればするほど、その力を発揮できなくなるという。
もう一つは、協調性が皆無であること。
今は絶対君主がいるお陰で一つにまとまっているにすぎない。そのフロージアを統べている絶対君主こそが、ディルギノ氷公である。
つまりエウトーが言いたいのは“大氷山脈に行き、フロージアの絶対君主ディルギノ氷公を倒してほしい”という、なんとも無茶な話なんだ。
でもこの件は、私も無視できないとは思っていた。
フロージアが出陣すれば、アレンシアの各地が荒れる。闇種族らが勢力を拡大していくのには欠かせない存在だと思うけど、昨今、ディルギノ氷公は他の闇種族らに莫大な貢ぎ物を要求しているとか。その力を誇示するだけで莫大な財宝を手に入れられるのだから、搾取されるがわであるログナカンらが面白くないと思うのは当然だ。
「……いいよ。ディルギノ氷公、この手で討ち取ってみせるわ」
「ほ、ほ、本当か?」
エウトーが目を剥いて、前のめりになる。
「その代わり、条件が三つあるわ」
「聞こう」
「まずディルギノ氷公を討ち取ったら、手柄をエウトーに全て譲る。エウトーがディルギノ氷公を倒したことにして、その手柄で国を打ち立て、ログナカンを統べる王になりなさい」
「なな、なんだと!?」
エウトーが口をかぱ、開けて、椅子に腰を落とす。
私の条件が、あまりにも突飛だったからだろう。
「俺が、王に?」
呆けているところに、私は追い打ちをかける。
「そしてもう一つは今後、ログナカンは二度と陽種族を襲って食べないこと。そして最後の一つは、この私をログナカン領内で出入り自由にして」
「それは……問題ない!」
ストーはやや悩んだが、この交渉でエウトーに拒否権はなかった。
「第一の条件はともかく、もし第二と第三の条件を破って、陽種族や私がログナカンに襲撃されることがあったら――」
少し言葉を溜めて、杖にマナの力を集め、語気を強める。
「この私が、ログナカンという種族をアレンシアから消す」
「わわ、わかった、わかった!」
エウトーが手のひらを差し出し、頭を下げて私に制止を求めた。
「約束する。もし俺がログナカンの王になったなら、紅の魔女と陽種族には一切の手出しを禁ずる。もしこの禁を破ったものは極刑とし、その罪は一族郎党にまで罪が及ぶという法を作る」
「約束よ」
私は集めたマナを解放し、笑顔を見せた。
「じゃあ、フロージアが大氷山脈のどこから下山してくるのか、進軍ルートを教えて」
その言葉でエウトーが顔を上げ、サハデーに視線を投げる。
「サハデー、地図を」
「ははっ」
サハデーは部屋の棚の横に丸めて壺に差し込まれていた羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。
ここはどうやら、作戦会議室なんだろう。
「大氷山脈はアレンシア北部中央から西に広がる長い山脈です。フロージアらの居城は西側にあり、ここはディルギニアと呼ばれております。斥候の話によりますと、連中が軍を起こして南下する時は必ず大氷山脈の中を東進し、いったんセスコム荘と呼ばれる拠点で宿営した後に、南下してくるとのことです」
「ふむう。そこまでの道で、他の場所から南下することは?」
「これまで一度もありません」
「叩くならそこね。ここからその進軍ルートまでは何日かかるの?」
「十日もかかるまいかと」
私は地図を頭に焼きつけるように凝視して、顔を上げた。




