08話 親友
「マール、大丈夫?」
考え込んでいた私に、リアノが声をかけてくれた。
「あ、うん。もう大丈夫」
「そう、それならいいんだけど――」
私はすっと上体を起こし、ベッドから足を出す。
「ええええええええ!?」
大声をあげるリアノ。
「ちょちょ、マール!? あなた丸二日間意識がなかったし、さっきまで首を動かすのもやっとだったじゃない!」
「あ、うん。辺りのマナをもらったら、よくなったみたい」
「ええええええええ??」
私はそのまま両足をベッドから下ろし、ブーツを履いて立ち上がる。
少しふらつくけれど、問題はなさそうだ。
ああ、一つ問題があるとすれば……喉が渇いていて、お腹が空いたくらいかな。
「はああ、典医の話だと、目覚めても、全身の筋肉が硬直してるだろうから、しばらくは動けないって言ってたのに……」
「うーん、それよりも、おなかが空いた」
「わ、わかったわ。すぐになにか持ってくる!」
リアノは駆け足で、部屋を出て行った。
それから私はリアノが持ってきてくれた料理を瞬時に食べ尽くし、フィオン陛下への謁見を申し出ると、すぐに許された。私が発したという紅いマナのせいで所々えぐられてしまった謁見の間で、私は肩掛け鞄と、幻惑の杖、そして愛用のワンドを腰に差して旅支度を調え、リアノとともにフィオン陛下と対面した。
「こんなに早く、またあなたとお話しできるとは。驚きました」
フィオン陛下も私の回復力に、ただただ舌を巻くばかりといった感じだった。
マナにこんな効力があるとは。私も初めて知った。
「私はおそらく、アレンシアで最もマナの扱いに精通している人間だと思います。魔法を使わなくとも、自分に足りないものを、マナから取り込む術を身につけているのかもしれません」
「それはなによりです」
フィオン陛下が玉座で安堵の溜め息をつく。
その真意はわかっていた。もし私が、十日以上目覚めなかったら。それはフォレストエルフらの都である、ここエルフェルニアを崩壊させてしまうことを意味している。
そうなる前に目覚めてくれてよかった、というのが本心だろう。
「フィオン陛下には大変失礼なことを致しました。心よりお詫び申し上げます。この罪、万死に値します」
「いえ、それは違いますよマール。あなたに触れて、あなたの進むべき道を示すのが、私の役割だったのです。そして今、その意味がわかりました」
フィオン陛下は玉座から立ち上がり、私のところへ来ると、この手を取った。
「あなたの道は、魔法をアレンシア全土に広めることです」
「魔法を広める!?」
「そうです。マナが見えるものは少ないかもしれませんが、これをやり遂げねばなりません。アレンシア中を旅して、一人でも多くのものたちに魔法を教えていくのです。あなたの存在価値は、そこにあります」
「果たして、マナが見えないものたちに魔法が扱えるのでしょうか?」
私が自信なさげに視線を落としながら言うと、リアノが声をかけてきた。
「ねえマール。あなたは“緑のマナ”とか“青のマナ”とか言ってたよね?」
「ええ。マナには色がある。それはリアノも見えているでしょう?」
「それ、あたしたちには知覚できてないよ」
「え!?」
私は驚いて、リアノとフィオン陛下の顔を交互に見る。
そしてフィオン陛下は私の手を離し、リアノに目配せした。
「マール、ついて来て」
「え、あ、うん」
慌ててフィオン陛下に一礼し、リアノの後を追う。
その先は、城の外。つまり、兵士の訓練場だった。
そこでは……。
「違う! こうだ! もっと真円を描くんだ!」
「馬鹿! 魔法陣をこっちに向けるな!」
「“有翼の魔法”を覚えたものはいないか? 教えてくれ!」
「もっとマナを感じろ。集中するんだ!」
驚くことに、フォレストエルフの兵士たちは弓矢ではなくワンドを握り、魔法の練習をしていた。
「リアノ……これは!?」
にっ、と悪戯っぽく笑うリアノ。
「マールが意識を失う前、本に術式をかいてくれただろ? あれを読んだお母さまが、“マールの魔法書”と名づけて、王家管理のものとしたんだ。そして幾つかの魔法を厳選して、まずあたしだけに教えた。それから兵士長らに伝えて、今は一般兵にも使わせる為の特訓中、ってわけ」
「じゃ、じゃあ、リアノも魔法を!?」
力強く頷くリアノは、すたすたと歩き、腰に差していたワンドを抜いて集中する。辺りの水色と緑、茶色のマナが、リアノのワンドの先に集まっていった。
『我の背中に、風を切る翼を……有翼の魔法!』
次の瞬間、リアノの髪がぶわっと跳ね上がり、その背中に大きな透明の翼が現れた。
間違いなく、有翼の魔法だった。
おおお、と、兵士らも声をあげる。
「あ、ああ……」
その美しさに感嘆の声が漏れる。
それと同時に、私以外で魔法を使えるものに初めて会えたという嬉しさに、こみ上げるものを抑えきれなかった。
「なぜ泣いているの、マール。これはあなたが教えてくれたものだよ。まだ翼を出して浮くことしかできないけれど、いずれ必ず、この翼で飛んでみせる!」
リアノはワンドを振り、翼を弾け飛ばす。
一瞬、ふらりとよろけたけれど、リアノは笑顔で私に向かって歩いてきた。
「マール、見たでしょう? これがあなたの生きる道そのものです」
気づくと、後ろにフィオン陛下が立っていた。
「リアノ、あなたにはマナが何色に見えますか?」
フィオン陛下の質問に、リアノが答える。
「マナはマナですが……うーん、強いて表現するならば、透明でしょうか」
透明?
そんなマナは見たことがない。
「これが普通のフォレストエルフの、いえ、あなた以外全員の反応ですよ。マナについては、透明のなにかを感じる、といった程度なのです。色を選んでワンドに集めることができないので、魔法の効果にもムラがあります。しかし私は、あなたと同じようにマナの色が判別できます」
「えっ!?」
思わず振り返る。
「マナが透明に見えているうちは、魔法の習得に時間がかかるでしょう。例えばリアノが使った有翼の魔法は、風の象徴である水色のマナを多く集めなければなりませんが、リアノには色がわからないので、対極にある茶色や緑のマナも混ぜて陣を描いていました。それでは飛ぶことなど叶わないでしょう」
「た、確かに。仰るとおりです」
「でも大事なのはそこではありません。この宙に浮かび遊んでいるマナによって、なにが出来るのかということを、我々はあなたから教わったのです」
「それが、私の生きる道……」
「そうです。そして道の先にはきっと、あなたが最も知りたい宿命の扉があるでしょう」
「私がなにものなのかを、知ることができると?」
フィオン陛下は、大きく頷いた。
まるで目の前の霧が晴れたかのような思いだった。
私には、生きる目的があったんだ。
この魔法という素晴らしい技術を、アレンシアに広める。
そして失われた記憶を取り戻す。
私は改めて、リアノとフィオン陛下に感謝を込めて、頭を下げた。
「本当に、もう行ってしまうの?」
私は荷物を持ち、昇降機で下ろしてもらって、木々の中にいた。
驚いたことに、数多くのフォレストエルフたちが、私の見送りをしてくれている。今までこんな旅立ちはなかったので、胸にぐっとくるものがあった。
この町にやって来て七日目の朝に、私はこの町を旅立つことにした。
理由は幾つかあるけれど、最たるものは“十日間滞在した町を滅ぼす”という呪いが、本当にその日数かどうか、確信がなかったからだ。
紅の魔女と呼ばれた私を、こんなに温かく迎えてくれた町を、絶対に不幸な目に遭わせたくない。
「マール」
「リアノ」
私たちは多くのフォレストエルフらが見守る中、きつく抱き締め合った。
「あたしたち、ずっと友達だよね?」
その言葉は、涙が出そうなほど嬉しかった。
「リアノハイネ。あなたさえ許してくれれば、私の生涯の親友にさせてくれる?」
ぶわっ、と、リアノの瞳から涙が溢れた。
「マールぅ……当たり前だよ。あたしたち、一生親友だよぅ……」
「ありがとう。本当にありがとう。絶対に忘れないから。また来るから。女王さまにもよろしくね」
「うん、待ってるよ。気をつけてね、マール」
私はこれから起きるであろう数々の試練に向けて、このリアノの温もりを忘れないと、身体に焼き付けるように感じ取った。
なにせ私には、こんなに素晴らしい親友と、応援者たちがいる。
名残惜しいけれど、私はリアノと離れ、北に向かって歩いた。
何度も何度も振り返り、涙ながらに、ちぎれんばかりに手を振ってくれるリアノに、手をあげて応えながら。




