07話 生きる意味
「な、なにが、おきた、の?」
目に入ったリアノに訊く。
「あなた……マール?」
リアノが、逆に不思議な質問をしてきた。
「わた、しは、まーる、だよ?」
笑みを浮かべてみるが、笑顔になったかどうかはわからない。
「よかった……」
ほぅ、と、嘆息するリアノが、私に向かって口を開いた。
「お母さまがあなたに手を当てた瞬間、お母さまは吹き飛ばされて、壁に強く背中を打ったの。背骨が折れるくらいね。あたしは慌ててマールから教わった“治癒の魔法”でお母さまを助けることができた」
「そか……よかっ、た……」
「でもあなたは身体を浮かせて、全身から炎のようなマナを吹き出し、それが城の壁とかを壊しながら暴れまくって……マールは苦しそうに呻いていた。それが、やっと収まったってところ」
リアノも、疲労困憊の様子だった。
きっと初めて魔法を使った反動だろう。
「ご、ごめん、なさ――」
言葉にできたのはそこまでだった。
気がつくと、私はベッドで寝かされていた。
目に飛び込んできたのは、木目が美しい天井だった。
「あれ? わた、し……?」
起き上がろうとしたけれど、身体がやたらと固い。
腕や足も、まるで自分のものではないかのような重さだった。
「あ、目が覚めた?」
この声は、リアノだ。
私はぎ、ぎ、ぎ、と、なんとか首を左に向ける。
「リ……アノ?」
「うん。マールが知ってるリアノハイネだよ。よかった、無事そうで」
椅子に座っていたリアノが、胸をなで下ろす。
「わ、たし、なにが?」
「二日間、眠りっぱなしだっただけだよ」
「え!」
だけ、かなぁ?
「とにかく、なにか食べ物を持ってこさせるよ。少しでも食べて、元気にならなきゃ」
リアノは立ち上がって奥の扉を開けると、大きな声で誰かを呼び、なにかを持ってくるように指示し、フィオン陛下にも私が目覚めたことを急いで伝えるよう命じていた。
「ふー、これで一安心ね」
リアノはまたこちらにやってきて、顔を近づけた。
「ずーっと意識がなかったから、しばらくは動くのも辛いと思う。でも、少しでも動かないといけないから、まずはあたしとおしゃべりをしよう!」
「うん」
リアノが、屈託のない笑顔を見せる。
私はそんなリアノの心遣いが嬉しくて、思わず目を細めた。
「ねえマール。あなたが書いた魔法の本を読んだよ。凄いね、マナにこんな使い方があったなんて」
「そう、だね。わ、私も、なんで使い方を、知ってるのか、そこまでは、わから、ないんだよね」
「それについてはマールが起きたら伝えるようにと、お母さまから伝言を預かってるわ」
「え、へいか、から?」
「うん。あたしにはなんのことか、さっぱりわからないからさ、言われたままに伝えるよ」
「な、なにかな、聞かせて」
リアノは顔を上げ、わざとらしく少し間を置き、咳払いして口を開いた。
「マール、よく聞いて。あなたは四つの呪いを背負わされていますが、これはあまりにも多すぎます。でも、あなたに直接触れて理解しました。あなたには二種類の意思が送られていたのです。一つは真紅の呪い。もう一つは夢幻界イストリアルから、ここ現世界アレンシアへの干渉です」
「しんく、の、のろい。イスト、リアルから、の、干渉?」
そういえば、あの“白夢の檻”での出来事。
黒夢の魔王との邂逅を、はっきりと覚えている。
確かにあの時、魔王もイストリアルがなにかをしていると言っていた。
「まず真紅の呪いが二つ。一つは髪と瞳が紅に染まるというもの。これは悪しきものからの烙印です。そしてもう一つは一定期間、特定のものと時を同じくし、一つの場所に留まり続けると、その対象を災厄が襲うというもの」
「!!」
そっか。
やっぱり一連の事件は、黒夢の魔王の呪いだったんだ。
リアノの話を聞きながら身体を起こそうとしたけれど、手を震わせるのが精一杯だった。気力、体力ともに、かなり消耗している。
……そうだ。
試しに、この浮いているのマナを、直接身体に取り込んでみたら、どうなるかな。
治癒の魔法では傷を治せても、気力、体力までは回復しない。だからマナそのものを体内に取り込めば、なにか効果があるかもしれない。
「そしてイストリアルからの干渉の一つは、あなたの記憶を末梢、洗浄すること。そしてもう一つは、空いたあなたの頭の中に、マナの錬成術である、イストリアルで使われている法術を送ることでした。
マールよ、あなたはアレンシアでこの法術を初めて使える術士、すなわち“魔法の祖”となったのです。その真意はわかりませんが、いずれあなたは必ず、アレンシアでやらなければならないことを見つけられるでしょう……以上が、お母さまの言葉だよ」
「あり、がとう、リアノ」
やっぱり、フォレストエルフに会いに来てよかった。
私にかけられた四つの呪い。
これらを整理してみよう。
一つ。真紅の髪と瞳。
おそらくこの世界に、私と同じ色の髪と瞳を持つ人間は誰もいないだろう。四つの宿命のうち、一番地味だと思われるこれは、実は最も厄介かもしれない。なぜなら“私は魔女です”と、喧伝して歩いているようなものなのだから。
いっそ切ってしまおうかとも思ったけれど、やめておいた。これが魔王の呪いだと判明した今、切り落としたらなにが起こるかわからない。
一つ。一定期間、特定のものと時を同じくし、一つの場所に留まり続けると、その対象を災厄が襲うということ。今までは漠然と感じていたことだけれど、それがこう明確になったのは大きい。特定のものというのは、町以外で行動をともにしたものたち、という意味だろう。
この場合、知り合ってから五日後に必ずそのものらの身に、不幸な事故が起こる。そして私が十日以上滞在した町には災厄が訪れ、壊滅する。それはもう、身をもって知っていたことの裏づけだ。
一つ。記憶喪失。
これはフィオン陛下のお言葉でなんとなく理解した。確かにその意図はくみかねるけれど、イストリアルという世界のものが、私を利用してこの現世界アレンシアに魔法を送り込むことにした。そのためには、この私の記憶が邪魔だったんだと思う。
びっしり書かれたノートには追記ができないのと同じように、法術をこの世界に送り込むためには、送り先である私の頭の中が白紙である必要があった。
そんなところじゃないかな。
一つ。マナが見えて、実際に魔法を操れる。
これは先のフィオン陛下の指摘通り、そのイストリアルという世界から送り込まれた法術だから、私だけが使用できるのだろう。そしてそれは私の意思とは関係なく、今も頭の中に送られ続けている。その夢幻界イストリアルというところに住む誰かがなにを企んでいるのかわからないけれど、目的がわからない以上、その真意に辿り着けないだろう。
でも、この最後の一つこそ、私がアレンシアで生きる意味なんじゃないだろうか。




