06話 黒夢の魔王
『ははは、面白い反応をするのう、小娘』
いやだって、いきなり魔王って言われても……困る。
『かつてイストリアルが、突如として我に戦いを挑んできた。その戦いに破れた我は連中に捕らえられ、こうして悠久の時間を過ごす羽目になった』
「な、なるほど」
とりあえず話をあわせる。
「私の紅い髪と瞳は、あなたと関係あるの?」
『ないわけがないだろう。お主が我の力を利用したから、そうなったのだ』
「そう、ですか」
これで得心した。
紅い髪、赤い瞳。
これは魔王の力を使ってしまった代償なんだ。
そして“法術”と呼んでいたものは、文字通り“魔法”だったんだ。ということは記憶を失う前、私は魔王の力に頼る法術を使ってしまったにのだろう。
なんてことを、してしまったのか。
そして記憶喪失。
一定期間滞在したり、誰かと一緒にいると、その場所と誰かを滅ぼす呪い。
これらも全部――
『勘違いするなよ小娘。我がお前に与えた罰は二つのみ。残りは我ではない』
「え!?」
今の魔王の言葉に、耳を疑う事実が込められていた。
『おおかたイストリアルの連中だろうよ。奴らの企みそうなことだ。まったく、黒夢の魔王である我をも利用するとはな。どちらが悪魔か、わからんものだ』
くっくっく、と肩を揺らす魔王。
一体、なんでこんなことになってるんだろう。
『一つ助言するが、小娘よ。お前はおそらく力のあるエルフに手を借りて、ここにやって来たのだろうが、そやつもただでは済んでおらんぞ?』
「え!?」
私をここに導いた方といえば、フィオン陛下しかいない。
なにかあったのだろうか?
『ここはお前らの世界とは違う次元にある。お前は勝手に我の名を呼び、この力を使ったが故に、罰を受けざるを得なかったのだ。しかし、その罰すらイストリアルの連中の、手のひらの上なのだろうがな。全く、口惜しいことだ』
魔王が、眉間に皺を寄せる。
とてつもない大きさで、とんでもない強さの紅いマナが降りかかる。
息苦しさを感じるほどだ。
「あなたが、私に課した罰とは、なに!?」
『くははは! 我がそれをお前に教えて、なんの得がある。思い上がるなよ小娘ぇ』
嘲笑と、怒気混じりの気配を強く感じた。
「なら、あなたは、なんでその罰を、選んだの?」
『愚問ばかり口にするな。我がいちいち罰を選んだりするか!』
駄目だ。あらがえる気がしない。
魔王からすれば私など、檻のなにありながら指で潰せる程度の存在なんだ。
『ん?』
その時、魔王の表情が急変した。
『おお、ああ……まさか、まさか! おお、おおおおおおおおおおお!』
魔王が突然、脱力すると、私をその瞳で凝視する。
なんだろう、この感じ。
これまでの憎しみや恨みではなく、もっと違う、優しげなものを感じる。
『こ、小娘、名は?』
「マール」
私の名を耳にして、魔王はぐわっと目を見開き、限りなく黒に近い、紅のマナをふき出した!
『やはりそうか……そういうことか、イストリアルぁあああああああ!』
怒りを込めた魔王の背中から、大きな真紅の翼が生える。
それは白夢の檻によって伸ばしきることはできなかったけれど、白い格子と紅い翼が激突し、強烈な音と閃光を発した。
『ぐおおおおおおお、よくも、よくもこんなことを! どちらが魔だ、イストリアルのものどもがぁぁあああ! 絶対に、絶対に許さんぞおおおおおおおおおおっ!』
魔王は、涙を振りまきながら叫んでいた。
何故か私はその姿が、酷く痛ましく感じて。
ゆっくりと歩み寄り、慟哭する魔王の左頬に、触れた。
「!?」
はっとしたかのように、魔王が私に視線を向ける。
檻を弾こうとした翼が、力なく床に垂れた。
近くで見ると、魔王の顔は傷痕だらけだった。
「そっか……あなたは私と同じ。たった一人で戦ったんだね」
『う、ぐうゥ!』
眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる魔王。
私は何故か、親近感に近いものを感じていた。
『もうよせ。魔王である我に触れるなど、ただではすまぬぞ』
「いいよ」
『よせと言ってる!』
「だから、いいって言ってるの!」
私は魔王の頭を、しっかりと胸に抱きしめた。
『なにを!?』
困惑する魔王の声に、優しく応える。
「あなたが魔王と呼ばれていたのがいつなのかは知らないけど、ここまでの罰を受けることをしたのかな、って思って」
『アレンシアのものどもを、大勢殺した』
「うん」
『やつらの城や、町を破壊した!』
「そう」
『なんなのだ、どうして我に慈愛を与える!?』
「だって魔王でしょ? 悪いこと、たくさんしたんでしょ?」
『それが悪いかどうかを決めるのは我ではない。我はただ、降りかかる火の粉を払っていたにすぎん。その元を叩いていったにすぎん!』
「それならあなたは魔王じゃない。これほどの罰を受けるべき存在じゃない」
『…………』
私の胸に、力を抜いて額を埋める魔王。
どうしてこんなに憐憫の情が湧いてくるんだろ?
その時、空間の気配が変わった。
『ここまでか』
まるで夜明けのように、辺りが明るくなっていく。
『ぐうッ、おおおおおあああああああああああああああ!』
魔王が、その光で苦悶の声をあげる。
『いいかマール。わ、我の力を使う方法を、お前の潜在意識に刻む。これすらも奴らの意図かもしれんが、それでも構わん!』
「なんの話?」
その時。
魔王が口許を緩め、初めて私に優しげな瞳を向けた。
『どうか、僅かでも、しあ――』
会話は、そこで途切れた。
最後の言葉は魔王らしからぬ、悲しげで、優しい声音だった。
仄暗き空間が、光に包まれていく。
次の瞬間、私はエルフェルニアの城の、謁見の間に浮いていた。
「え、なんで?」
気がつくと同時に床に落下して叩きつけられた。
「うッ!」
呻き声が漏れる。
身体がやたらと重い。
まるで三日間、眠っていなかったかのような疲労感だ。
「うう……」
腕に力を入れて、ゆっくりと身体を起こす。
辺りは私が意識をなくした時と、かなり様相が変わっていた。
目の前にフィオン陛下がいない。
そして謁見の間が数カ所、なにか強い力でえぐられたかのように壊され、崩れている。
辺りを見ると、床にフィオン陛下が倒れていて、そばにリアノがついていて、三人のフォレストエルフが私に弓を構えていた。




