05話 多すぎる
「多すぎる」
「は?」
フィオン陛下のお言葉は、時々難しい。
私が知らないことを平然と仰るので、耳と脳が追いついてないんだ。
「マール。あなたに興味が湧きました。あなたが背負っているものを探らせてもらえますか?」
「お母さま!?」
リアノがフィオン陛下に声をあげる。
「マールがいい人間だというのはあたしでもわかります。しかし、マールの中にある得体が知れないものは、危険です!」
「いいのです。多少の危険を覚悟せねば、マールを知ることはできません」
フィオン陛下のお言葉に、私は一つ浮かんだ考えを伝えようと思った。
「そんなに危険なのですか?」
「正直、この身になにがあってもおかしくはないでしょう。傷を負うような物理的なものか、精神を削られる心理的なものか。あなたの中にあるものは、触れれば火傷では済まされないものです」
「それならば」
私は肩掛け鞄をあさって無地の羊皮紙を出し、そこにペンで魔法陣と詠唱文を書き記して、リアノに差し出した。
「リアノ、ワンドを持ってる?」
「え、持ってないけど、すぐに用意はできるよ。でも、これは?」
「治癒の魔法。その術式よ」
「えっ!」
その場にいたリアノと臣下の三人、そしてフィオン陛下が吃驚していた。
「マール、術式をこんなに簡単に書き出せるの?」
「治癒系の魔法は一刻を争う場合が多いから、常にいつでも唱えられるようにしてあるの。リアノ、今すぐワンドを。そしてフィオン陛下になにかがあれば、あなたが魔法を使ってフィオン陛下を助けて」
「あ、あ、あたしが!? やったことないのに?」
「私以外、誰もやったことがないよリアノ。なにかあれば、自分の手で陛下を助けて」
「……誰か、大急ぎでワンドを」
その声で、臣下の一人がまた走る。
リアノは私が渡した紙を食い入るように読んでいた。そして五回くらい上から下まで読み終えた頃、リアノに立派な装飾のワンドが手渡された。珍しい、銀製のワンドだった。
「準備はいいですか、マール」
フィオン陛下が、緊張を含んだ声をかけてくる。
私は肩掛け鞄、幻惑の杖、精霊のワンドを床に置き、なにも所持していない状態になって、身体の力を抜いた。
「よろしくお願いします」
もうやるの!? と、困惑するリアノの顔を最後に、私は瞳を閉じて意識を外界から遮断し、内面に向けた。
フィオン陛下の手が、とん、と、胸の中央に当たる。
次の瞬間。
意識の奥底から。
はっきりと、声が聞こえた。
『そう。僕が好きな人、それは……君だよ』
ああ、なんて温かくて優しくて、幸せな声。
私、この声が好き。
どん、という衝撃と共に、私の意識が深く落ちる。
『ぼぐが、ぎみに、はなしでいなかっだこと、それを、いまがら、みぜるから……』
さっきの男の子の声だ。
でも、とても辛そう。
そして目前の暗闇に突然、赤い魔法陣が現れた。
なにこれ。こんな強い力を宿した魔法陣は、見たことがない。
私は魔法陣を一瞬で脳裏に焼きつけ、術式の文章を読み取る。
驚くことに、その魔法陣は五重の円の中に、四列の詠唱文が書かれていた。
四重詠唱……これは、魔法じゃない!
どん!
更に、深いところに落とされる。
これは、混沌なのかな。
脈略や法則性が全くない。
暗闇の中、頭上から白いマナが流れ込んでくる。
初めは太陽のマナかと思ったけれど、それにしてはあまりにも純白すぎるし、なによりこのマナは透けていない。
これは、アレンシアで見られるマナじゃない。
そもそも、マナかどうかもわからない。
ただはっきりしているのは、様々な感情がこの中に詰まっているということだった。
「これは……いのち?」
純白のマナに触れようとした瞬間。
ばちん、という音がして、私はなにかに弾かれた。
気づくと、暗闇の中に浮いていた。
強烈な紅いマナで、息苦しさすら感じる。
『よう』
後ろから声をかけられて、振り返る。
そこにいたものに、私は目を丸くした。
私と同じ真紅の髪と瞳を持ち、身体中を銀色の鎖で、そして足下から白い円陣から伸びる光の紐で縛られている男性がいた。
下半身は傷んだ鎧に身を包み、細身ながら引き締まった上半身は剥き出しで傷だらけだった。そして顔はボロボロだけど、美しく整っている。凜々しい眉、唇からのぞく牙。
一体なんの種族だか、わからない存在だった。
そしてこの状態は緊縛、というよりは封印に近い気がする。
そのせいで全く動けない様子だった。
『ここ“白夢の檻”まで来たのはお前が初めてだ。どうやら人間の小娘のようだが、かなりの素質を持つ魔導士なのだな』
「白夢の檻?」
なんのことだろう。
『しかし、こんな小娘に未来を託すとは。イストリアルも酷なことをしよる』
未来を、託す?
いよいよ話がわからなくなってきた。
「あなたは誰?」
男は私に顔を近づけて、大声で叫んだ。
『黒夢の魔王だ!』
「はい?」




