04話 違和感と考察
星空が見える。
私は仰向けになって、この惨事を、この事実を、受け入れようと必死につとめた。
マールの村に生きているものは、今や誰もいない。
絶対に、この光景を忘れてはいけない。
短かったけど、この村で学んだこと、この村で過ごした日々。
絶対に。
絶対に。
一人、ずぶ濡れになって、坂道で倒れていた。
その後、辿り着いた家。
素性も知れない私を、娘として迎えてくれたお父さま、お母さま。
こんな私に好意を寄せてくれた男の子、ハーラル。
何気なく手にした棒で、初めて法術を使ったこと。
文献を新たな本に転写したこと。
うん?
私は目を見開いて、むくっと上体を起こした。
あの時……私は、なんて言ってた?
“……読める。古語だけれど、私にとってはなんの問題もない。”
こご?
古語?
何故、私はあの本に書かれた文章を“古語”だと思った?
私は……なにもの?
ゆっくりと立ち上がって、湖面に沈んでしまったマールの村に向かって、秘めたる想いを胸に、声をあげた。
「お父さま、お母さま。私を助け、名前まで与え下さって、誠にありがとうございます。しかし、この名前はお返しします。イーヴァという名前は、お父さまとお母さまが愛した娘さんのものですから。でもそのかわり、別の名前を頂きます。ここにあった、すばらしくて長閑で、幻のような村の名を忘れないように……マールと!」
私はイーヴァじゃない。
今から“マール”だ。
マールは、真紅の髪と瞳を持ち、記憶を失っている謎の法術使い。
涙を拭い、正面の水面に深く頭を下げると、足下に落ちたワンドを手にして振り返り、幻惑の森へと入っていった。
森の中を歩いている時、一本の杖を拾った。
まるで加工されているかのように、立派な杖だった。
しかも先端が尖っているので、地面に突いて歩くと、かなり楽だ。
これは、森からの餞別かもしれない。
「幻惑の森よ、ありがとう。私、行ってくるね」
私は森の四方に向かって頭を下げ、そのまま森を抜けると、ラミナの街を目指した。
記憶も故郷もない私が行く場所なんて、ラミナの街以外にはない。
また『有翼の法術』で飛んでいこうとも考えたけれど、それほど急いでもいないし、色々と考えたかったので、今度は徒歩で行くことにした。
正直、落ち込んでいた。
こんな気持ちで、凄まじく疲れる法術を使う気にはなれない。
果てしない草原に、杖つきながら南に向かって歩き続ける。
私はマールの村、ラミナの街で見た文字を“古語”だと思った。
ということは、もう一つの言語……仮に新語、とでも呼んでおこうか。
これを使っている場所があるはずだ。私は、書物で得た知識しか持っていない。書物は書物、記された時から自動で更新されることはない。
つまり、私は現在のアレンシアを何一つ知らない。
もしかしたら、この辺りは土地柄で古語を使い、新語が使われていないのかもしれない。そうなると、鍵になるのは“アレンシアで最も栄えているのはどこか”だろう。
そこではきっと最新の技術……例えば私が使える法術や、新語が日常的に使われているはずだ。
そこを目指そう。
その場所に行けば、失われた記憶も蘇るかもしれない。
だから、まずラミナの街に行ってしっかり情報を集めよう。
私は顔を上げ、しっかりと前を見据えた。
あの惨事から二十日後。
私は予定よりも早くラミナの街に到着できた。
ここまでの道のりでもそうだったけど、私の容姿はどうも衆目を集めるようだ。
これはマールの村の本にあったことだけど、人間、フォレストエルフ、ハーフエルフ、ドワーフなどの陽種族は、皆それぞれが特徴的な姿をしているらしい。
特に瞳、髪、肌の色と、耳の形、体つきだ。
フォレストエルフは長く尖った耳と、きつね色の肌で、すらりと細く、薄茶色の髪と瞳を持っており、もれなく美形だという。闇種族であるダークエルフはフォレストエルフと同様の容姿だが、肌は深い茶褐色で、髪と瞳が黒だという。
ハーフエルフは人間とフォレストエルフ、ダークエルフとの子供で、フォレストエルフとの子ならば陽種族、ダークエルフとの子ならば闇種族となる。耳の尖り具合はエルフと人間の間くらいで、肌や髪、瞳の色はどちらのエルフが親かによって変わる。
ドワーフは身長こそ低いが筋骨隆々で、分厚い耳に、黒い髪と立派な髭が特徴的らしい。主に鉱山で働いている彼らは外界と接するのを好まないが、義理人情に厚く、よく言えば正直、悪く言えば頑固者が多いという。
闇種族はその名の通り、闇に落ちたエルフと言い伝えられているダークエルフ、三メルを超えるという、大柄で深緑の肌を持つ残虐な種族トロル、直立したトカゲのような姿をしたログナカン、北方に住み、四メルを軽く超える大柄な戦士系の種族フロージアがいる。
でも、彼らの勢力は主にアレンシアの北西から中央にかけてなので、南で彼らと遭遇することはほとんどないらしい。
それにもかかわらず私が目立っているのは、この紅い髪だ。
赤褐色などではない、血のように真紅の髪を持つ私は、道行くものたちの視線を集めた。
でも、そんなに珍しいのかな。
あまり見られるとなんだかむず痒いというか、落ち着かない。何故ならそういうものの周りには、決まって黄色いマナが浮いていたからだ。
私は様々なことを考え、ある程度の結論に至っていた。
マナには自然から発せられるものと、生物から立ち上るように顕現するものの二種類がある。この中で、黄色と赤は生物から発せられていた。訝しんでいたり、攻撃的であったりする場合には黄色のマナが現れ、殺意や憎悪を抱いていると赤いマナが出る。つまり黄色は猜疑心や警戒心、赤は攻撃色なんだと思う。
それに比べて水色は風から、緑は草木から、茶色は大地から、青は水から現れる。
白は太陽と火のマナだ。
でも、これで全てではないと思う。
幻惑の森で感じたあの闇は、おそらく霧で日光が遮られたのではなく、黒いマナの中に入ったんだと思う。
その発生源はわからないけれど、これから徐々に明らかになるだろう。