02話 有翼の法術
重量変化の法術は、術者の手から離れるとその効果が失われてしまう。故にもう一度、ワンドを手にして木箱に術をかけると、素早くそれを背負う。
さあ、ここからが本番だ。
私は白と薄青のマナを集めて集中し、宙に円陣を描き、祝詞をあげる。
『我の背中に風を切る翼を……有翼の法術!』
そして輝く円陣の中央にワンドを刺す。
円陣は私を通り抜けて背面で止まると、純白の透き通る大きな翼へと変化した。
「くっ! はあ、はあ……」
危うく膝をつきそうになって、なんとか踏みとどまった。
この法術は、あまりにも体力を使う。
しかし、それでも、今回の旅では絶対に使おうと思っていた。
徒歩なら二十五日もかかってしまうけれど、これを使えばものの数十分でラミナの街に着くはずだ。
「い、行こう」
ぐずぐずしてられない。
有翼の法術は今こうしている間にも、私の体力をどんどん奪っていくのだから。
私は顔を上げて翼を広げると、身体から重みが消えていくのを感じる。足が地から離れ、空へと浮き上がっていた。
目を見開き、私は青空に向かって翼を羽ばたかせて、天高く飛んだ。
眼下にはどこまでも続く草原が広がっていて、たまに吹いてくる風に草が波を打っているのが、マールの湖を連想させて、とても美しかった。
まだ高度を上げる。
少し冷えてきたけれど、気にしていられない。
もっと高度を上げれば……とその時、遠くに髪の毛のように細い街道と、そこにレンガの壁で囲まれた街を見つけた。
(あれだ!)
ラミナの街だ。
狙い通り。
後はここから街の裏手、人通りの少ない場所で着地するだけ。
私は翼を広げ、滑空する。
徐々に、意識が遠のく。
二十五日という時間を短縮するには、高すぎる代償だ。
上手くいけば便利だろうけれど、そうでなければ気を失い、この高さから地面に叩きつけられてしまうだろう。
(この法術で、マールの村に落ちたのかと、思ったけれど、やっぱり、違うわね。これであの幻惑の森を抜けるなんて……無理。とんでもない、ことだわ)
そんなことを考えながら、切れそうな意識をなんとか繋ぎ止めつつ滑空速度を上げる。
この法術なら幻惑の森を通らず、私が倒れていた場所にいけるのではないかと考えたけれど、それにしては体力の消耗が激しすぎる。
疲労困憊で記憶を失ったなんて、まあない話だろう。
(お父さま、お母さま……ハーラル!)
こんな得体の知れない私に優しくしてくれた人たちのことを考えて奮起し、私は鳥になる。風に煽られて体勢を崩しても、身体を回転させて修正する。
私の目は、もうラミナの街を捉えていた。
ラミナの街は南東と南西に道があり、地図の通りだった。
あの街道は南にあるコルセアの首都と、南東にあるフェルゴートの首都、フェイルーンを結ぶ二つの大街道のうちの一つだ。故に人の往来も激しく、あの付近に着地するのはまずい。
私は徒歩圏内でラミナの街に行けるくらい近づこうと、翼を操って低空飛行に切り替えて、速度を落とす。
身体中から汗がふき出て、呼吸も荒い。
それでもなんとか、着地点と定めた場所に足を着けることができた。
着地と同時に透ける翼は弾け消え、とてつもない脱力感が私を襲った。
「はあ、はあ、はあ……かはっ!」
私は鞄から水筒を取り出し、水を思いっきり飲んだ。
「ぐっ…ぐっ…ぐっ…ぷはあっ!」
こんなに美味しい水を飲んだのは、初めてかもしれない。
膝に力が入らない。
私は木箱に背中を預けて、疲れが抜けるのをしばらく待った。