表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/60

01話 幻惑の森

 幻惑(げんわく)の森。


 そう呼ばれる暗い森の入り口に、私は立っていた。

 来るものを(こば)み、延々と彷徨(さまよ)わせて()()んでしまうという(のろ)われた森。


 ……という(うわさ)を村で聞いたけれど、その本性(ほんしよう)(ちが)う。

 この森を(とお)()けるには、いくつかの条件が必要なんだ。


 その一つは、マナが見えること。

 他は分からないけれど、私はその条件を満たした人間だ。


 私は精霊(せいれい)のワンドを構えて周囲を見回すと、太陽の力である白いマナだけを集めていった。

 どう考えても、この森の中は暗い。

 この白いマナを(あか)りにして行ってみよう。


 白いマナを目映(まばゆ)いくらい集めてから、正面の密集した草むらに向かって歩き出す。

 すると、草たちがざざざ、という音と共に()げ、正面に道ができた。案の定、その先は暗いという次元を()えて、暗闇(くらやみ)だった。


「行くわよ」


 幻惑の森の中を一歩、また一歩と進んでいく。前は開けていくが、後ろは逆に閉じていく。五歩も歩くと、辺りは真っ暗になってしまった。

 ワンドを(かか)げ、前方を照らす。


 どす黒い影《かげ》と、土、木々と草むら、そして黒いマナが映し出された。

 黒は、初めて見た。


 私は()()ぐ歩きながら、この森がなんなのかを考えた。これは、なにか大事なものを守るために、森自体が意思を持っている。そう思えた。


 それを表すのが、この常闇(とこやみ)だ。


 白いマナの光でなければ、あっという間に()()んでしまうであろう、渦闇(うずやみ)

 見上げても黒い枝葉しか見えず、陽光を完全に(さえぎ)っていた。


「なんだかわからないけれど、絶対に()けてやるんだからねっ!」


 そう(さけ)び、ずんずんと前に進む。

 不思議なことに草だけではなく、木々まで動いていた。


(これは……普通(ふつう)の人だったら迷って|当然ね)


 旅人はこういった森に入った場合、木に目印をつけて(おく)へと進むらしい。

 しかし、この森はその木々が動いているのだから、全く目印にならない。

 そもそも、こんな夜よりも暗い森など、中々ないんじゃないだろうか。


「これはあなたと私の勝負なのね。いいよ、何日だってつきあってやるわ!」


 私がそう言った、その時だった。

 右手に、(かす)かな光が目に入ってきたのは。


「え?」


 まさか、と思いつつ、その光に向かって行く。


 ここが幻惑の森と呼ばれているのだから、あの光は偽物(にせもの)かもしれない。それくらいはやりかねないな、と思いつつ、ワンドをその光に向けながら進んでいく。


 しかし。

 その光の先には、草原が広がっていた。


「もう()けた、の?」


 拍子抜(ひようしぬ)けだけど、どうやら幻惑の森は私を素直(すなお)に通してくれたらしい。

 歩いていくたびに、目映い日の光が強くなっていく。


「……ありがとう、幻惑の森さん。帰りもよろしくね」

 その言葉が(うれ)しかったのか、木々がより大きくざわめいた。


 こうして早朝に幻惑の森に入ったのだけれど、抜けた(ころ)にはまだ朝だった。

 状況(じようきよう)によっては幻惑の森の中で数日過ごさなくてはならないと思っていたので、かなりの覚悟(かくご)はしていたけれど、早く()けられる分に問題はない。


 ()(かえ)ると、そこには鬱蒼(うつそう)として人を寄せ付けない雰囲気(ふんいき)(かも)()している森と、巨人(きよじん)のようなヴァスト山脈の山々が見える。


 目を正面にお戻すと、ひたすら広い草原があった。

 この草原を()ければ、目的地であるラミナの街だ。


 私は思わず()みを()かべ、ワンドから白いマナを解放して(こし)に差すと、ポケットから方位磁針を取りだして方角を定め、南に向かって歩いた。


 本来ならばラミナの街は、幻惑の森から徒歩で二十五日くらいかかる。

 辺りには人気がなく、陽光を浴びた木がまばらに並び立ち、その下に二()の野ウサギが(たわむ)れていた。


 人の手が入っていないせいか、無数のマナが()かび遊んでいる。

 私はここで休憩(きゆうけい)しすることにした。

 ここまで重量変化の法術しか使っていないのでそれほど(つか)れてはいないけど、正直に二十五日もかけてラミナの街に行くつもりはない。


 私は木箱を下ろし、肩掛(かたか)(かばん)の中からお母さまから頂いたパンをちぎって口に入れ、水筒(すいとう)の水でそれを()かす。


マナの法術を使うと、疲労(ひろう)感と眠気(ねむけ)(おそ)われることを、ここ数日で知ったけれど、それも慣れてくると、徐々(じよじよ)に感じなくなっていった。


 でも、より多くのマナを使い、大きな効果を得られる法術を使うと、この症状(しようじよう)顕著(けんちよ)に現れる。


 マナは、この世界の力だ。

 それをたかが人間ごときが使うのだから、それなりの代償(だいしよう)(はら)わないとならない。


 私は(すわ)って美味(おい)しいパンをもぐもぐと咀嚼(そしやく)しつつ、もう一度、方角を定める。

 マールの村から外に出るのは初めてだから、この法術を使える人が他にもいるのかを知りたい。

 もしいるのなら、話を聞いてみたい。


 でも村の人たちの反応からすると、たぶんマナを見ることができる人間はほとんどいないと思う。そうなると、こんな小娘(こむすめ)が自分と同じ高さくらいの木箱を背負って歩いているだけで、かなり目立つはずだ。


 しかし私は、マールの村で待つお父さまやお母さま……そしてハーラルのためにも、一刻も早く仕事を済ませて帰りたかった。


 幸い、幻惑の森は私の味方をしてくれている。

 《《あの》》法術を使えば、一気にラミナの街まで行けるだろう。


 私はパンを食べ終えると、立ち上がって木箱をに目を向けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ