14話 そして悠久へ
「気持ちはありがたいよ、イーヴァ。だがね、肝心なものが、ここにはないんだよ」
「お金ですよね」
「!……気づいておったか」
「勿論です。そして、その問題も解決できます」
「ほう?」
お父さまもお母さまも、徐々に私の話に乗ってきた。
この調子で、二人を説得しよう。
「ラミナの街は付近に湖や川がありません。この地理的に推察するに、お魚や貝などは希少な食材として扱われているはずです。そこでこの十日間、エセルに手伝ってもらって、木箱いっぱいの干物を作りました。これを宿屋か市場で売れば、かなりのお金になるでしょう」
「なるほど。そのお金で農具を買って、ここに戻ってくるという計画かい?」
お母さまが得心して、何度も首を縦に振る。
「その通りです。この計画が上手くいったら、マールの村とラミナの街の、交易ルートが確保されるということになります。私さえいれば何人かを連れて幻惑の森を越えられるんです。そうなれば――」
「イーヴァの推論が正しければ、村に大改革が起こるな」
お父さまは腕組みして唸る。
納得はしていないけれど、この話のメリットがどれだけ大きいかは理解してもらえたようだ。
「それで、いつ出発するつもりなんだ?」
「今から」
「なんだと!?」「今から!?」
お父さまもお母さまも、驚愕の表情を隠しきれなかった。
この手の交渉は、時間をおいてはいけない。
もし明日に、などと言ったら、お二人の気持ちが変わってしまうかもしれないから。
もう部屋にはたくさんの干物を入れ、背負えるように皮のバンドを取りつけた木箱を用意している。地図から計算するとマールの村からラミナの街まで、徒歩ならおよそ二十五日の旅路だけど、これはあてにならない。
ひとまず、そこまで計算に入れて、三十日分の食料と水も用意した。
私の華奢な身体ではかなりの重量だけど、マナの力を借りて荷物を軽くする“重量変化の法術”も使えるようにしておいた。
すべて整っていた上で、お父さまとお母さまに話を振ったのだ。
「イーヴァは賢い子だ。今から行くというのならば、もう準備は万端なんだろうなあ」
お父さまがパイプを咥えて目を落とす。
「こりゃあ、行かせてやるしかないかねえ」
お母さまは寂しげに、だけど、にっこりと笑った。
「ありがとうございます、お父さま、お母さま。私は必ず、この村をより発展させるための物資を仕入れて戻ってきます!」
私が頭を下げて言うと、ぽん、ぽんと二つの優しい衝撃が後頭部を打つ。
お父さまとお母さまの、手だった。
「行くのは構わん。だが、必ず帰ってきておくれ。イーヴァはもう私たちの、かけがえのない娘なんだから」
お母さまの声だ。
「その通りだ。こんな可愛い娘に長旅をさせたくはないが、イーヴァの提案が上手くいけば、村のものはみんな、喜んでくれるだろう。村長として頼む。やってくれるか?」
お父さまの、苦渋の言葉が、耳に痛い。
「お母さま、お父さま。私は命を捨てに行くのではありません。お二人から賜ったご恩をお返しできる方法を考えついたので、それを実行するだけです。ご安心下さい。何日かかるかはわかりませんが、必ずこの村を豊かにする道具を手に入れて帰ってきます」
私は額を机につけて、感謝の言葉を贈った。
それから私は自室に戻り、干物を入れた木箱と、その隣に置かれた肩掛け鞄に目を向けた。
木箱には売り物の魚が、そして鞄には旅に必要なものが入っている。
私とエセルはこの十日間、マールの湖で一生懸命、魚釣りをして、たくさんの魚を手に入れた。
誰もこなくて、一番陽当たりが良い場所に、塩と水桶、縄と木箱を一緒に持ち込んで、魚を捌いては干していった。
そこは私が倒れていた、あの坂道だ。
村の戒律で、この坂をのぼることは固く禁じられている。
ここなら干物造りにうってつけなのだ。それに私は、そもそもそんなところに倒れていたのだから、なんの抵抗もない。
もっとも、エセルはとてもいやがったけれど。
とにかく、こうしてできあがった干物を木箱に詰め込むと、かなりの重さになった。そして今、私はワンドを箱に向け、マナを集めて緑色の円陣を描き、詠唱する。
『我が指し示すものから重量を奪え……重量変化の法術!』
ワンドの先を円陣の真ん中に突き刺す。
すると、木箱と鞄が薄らとした輝きに包まれた。
「ふうっ……さて、どうかな?」
私は軽い疲労を感じつつ、ワンドを腰に差し、木箱のベルトを持ち上げる。
大きな木箱なのにまったく重さを感じず、片手ですっと持ち上がった。
「うん、大丈夫」
肩掛け鞄も同様、重さがない。まるで羽のようだ。
私は鞄を肩から提げ、木箱を背負い、リビングに向かった。
お父さまとお母さまは私の格好を見て仰天していた。
「お、おいイーヴァ、そんな格好で動けるのか!?」
お父さまが声をあげる。
「問題ありません」
私が笑顔で応えると、お母さまが目を丸くしていた。
「ははは、それじゃあまるで、木箱が歩いているみたいだねえ」
「思ったよりも魚が多かったので。エセルに会ったらお礼を言っておいて下さい」
「ああ、わかった。言っておくよ」
「では」
「うん、気をつけて」
お父さまとお母さまに頭を下げ、家を出る。
二人は外まで見送りしてくれて、心配そうに私を眺めていた。
私は手を大きく振って「いってきます!」と叫んだ。
雲ひとつない青空が、まるで私と、マールの村の前途を、祝福してくれているようだった。