11話 精霊のワンド
「と、と、とにかくお茶を!」
私はお母さまからカップを受け取り、ハーブの香り漂う冷たいお茶を一気に飲み干した。
全身からふき出す汗が止まらない。
息も荒く、視点が定まらない。
今の……声は?
知っている気がするけれど、全く思い出せない。
「う――――! う――――!」
唸りながらもがく私の背中を、お母さまが擦ってくれる。
「イーヴァ。あんたやっぱり、あの小僧どもに――」
「はあ、あ、そ、それは、違うん、です……」
ぐだっ、と、テーブルに力なく頬をつける私の前に、木箱を持ったお父さまがやってきた。
「いやあ、すまん。なにせ古いものなんじゃが質は……ど、どうした!?」
お父さまが長い木の箱を持ってやってきて、それをすぐテーブルに置くと、お母さまの隣に並んだ。
「なにが起きた?」
お父さまがお母さまに訊く。
「それがよくわからないんだよ。急にこんなになって……」
「それは困ったな。よし、あの悪ガキどものことは儂に任せろ。お前はイーヴァを――」
「ほ、本当に、だ、大丈夫、です、お父さま」
私は頭を抑えながら、お父さまに作り笑いした顔を向けた。
「それより、な、なにか、ワンドは、ありましたか?」
痛いわけでもなく、気分が悪いわけでもない。
なんとも形容しがたい気持ちに襲われていたけれど、意識はしっかりしている。
理由はわからないけれど、私は強くワンドを求めていた。
本当に、何故だろう?
「ああ、ああ。最高の品がある。これをイーヴァにあげよう」
お父さまは箱に手を伸ばし、それを開ける。
美しい布に、慎重に包まれたものを箱から取り出すし、丁寧にそれを開いていくと、一本のワンドが出てきた。
「わあぁ……」
私はそのワンドの質に、溜め息が出た。
マホガニー製で艶があり、一目で高品質なのがわかる。
湖のほとりで拾った枝が小石なら、こちらは間違いなく超高額な宝石。
そんな逸品だった。
さっきの声は気になるけれど、私にはこのワンドが、絶対に必要だと感じた。
でもこれは、いくらなんでも高価すぎる。
「お父さま、もっとお安いもので構わないのですが」
「気にいらんのか?」
「とんでもありません。私にはわかるんです。このワンドが普通のものではないことが」
「ほほぉ……」
お父さまは感心しながら私の対面の椅子に腰を下ろし、口髭を指で掴む。
「イーヴァは目が高いな。これは“精霊のワンド”と呼ばれているもので、父が仕入れたものの中でも特級品だ。本来ならかなり高く売れただろうに、ここでは貨幣など役に立たんからなあ。ずっとしまっておいたんだ」
「まさか、こんな素晴らしいものを、私に?」
お父さまはにっこり笑ってワンドを箱に入れ、私に差し出した。
「無論だ。これほどのワンドはそう手に入るものじゃない。イーヴァが使ってくれれば儂も、いやきっと父も、嬉しい」
「あ、あ、ありがとうございます、お父さま」
深々と頭を下げる。
確かにこのワンドなら、もっと自在にマナを操れるだろう。私がどこでそんな技術を身につけたのかは、まだわからないけれど、確信を持ってそう言えた。
「さあさあ、今日はもう疲れただろ。これを持って部屋に行き、休みなさい。嫌なことがあった時は、眠るに限るってもんだ」
「いえ、特に嫌なことがあったわけでは……あ、でも、そうさせてもらいます」
私はお父さまの申し出を素直に受けることにした。
なにせ、考えたいことがたくさんあったから。
「イーヴァにとっては、きつい一日だったな。あれだけの本を写し、午後には酷い目に遭い……とにかく眠るといい。後始末は全部、儂に任せなさい」
「はい、ありがとうございます」
私はワンドが入った箱を手にして、お父さまに再び頭を下げる。
「なにもなかったってイーヴァがそう言うなら、それを信じるよ。でも、あたしには必ず、正直に本当のことを言うんだよ!」
「はい、わかっております、お母さま」
お母さまにも頭を下げた後、私はテーブルの上の箱を手にして、部屋に向かった。