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聖女様は魔王様

作者: 衣谷強

思いつき短編です。

……設定は、うん、短編だな、よし。

どうぞお楽しみください。

 魔王領に程近い小さな町。

 そこに勇者が、緊張の面持ちで足を踏み入れました。


(魔王の気配だ……! ヤツは間違いなくここにいる……!)


 勇者は油断なく辺りを見回しますが、町は平穏そのもの。

 魔物の姿はなく、人々は日常を謳歌おうかしているように見えました。

 不気味なものを感じながら、勇者は気配を辿って進みます。


「ここは……!」


 行き着いた先は教会でした。

 入口には大勢の人が列をなしています。

 勇者は列の最後尾の人に声をかけました。


「すみません。今あなた達は何を待っているのですか?」

「え? あんたこの町初めてかい? なら教えてやるよ! ここには聖女様がいらっしゃるのさ!」

「聖女、様……?」

「あぁ! どんな怪我でも病気でも治してくださる、ありがたいお方だよ! あんたもぜひ会っていくといい!」

「え、あ、はい、ありがとう、ございます……」


 町の人の言葉に、狐につままれたような顔になる勇者。

 しかし改めて気配を探ると、やはり魔王の気配を感じました。

 その正体を見極めるべく、勇者は列に並びます。


「おぉ! お陰で腰の痛みがなくなりましたじゃ!」

「うむ、今後も身体をいとえよ」

「はい! 勿論ですじゃ!」


 列が進むにつれ、町の人と聖女と呼ばれる存在の声が聞こえてきました。

 その声は優しく、暖かく、聖女と呼ばれるにふさわしく、魔王のものとは思えません。

 しかし勇者が感じる気配は、その位置に魔王がいると告げています。

 勇者は決意を胸に秘めて順番を待ちました。


「次の者。……おや、お主はこの町の者ではないな」

「僕は勇者です……」

「……ほう、勇者か」

「……はい」


 勇者が目にしたのは、黒い長袖ワンピースを身にまとった銀髪の美少女。

 その目はまるで氷のように、冷たく透き通った色をしていました。


「……このような事はあまりしたくはないのだがな……」

「……!」


 魔力の高まりを感じ、勇者は身構えます。

 少女は構わずその力を解き放ちました。


「『範囲治癒』」

「えっ」


 少女から放たれた光は、勇者と、その後ろで待っていた町の人達を包み込みます。


「おぉ! 足の痛みが引いたぞ!」

「ママー! おなかいたいのなおったー!」

「良かったわねぇ、坊や……!」

「ありがたやありがたや……」


 喜ぶ町の人達に、少女は立ち上がって頭を下げました。


「普段なら皆の様子を聞いてから治療をするのだが、今日は勇者と話があるのでな。まとめての治療なので根治はできぬが、今日はこれで許してもらいたい」

「いえ! これでも十分です!」

「後は家で休ませれば大丈夫です!」

「おねーちゃんありがとー!」

「ではまた明日……」

「……」


 口々に礼を述べて、教会から出ていく町の人達。

 こうして教会には、勇者と少女だけが残りました。


「えっと、その、邪魔をしてすみません……」

「何、原因を特定しないで使った『範囲治癒』でも体力は回復する。後は自力でも大半は治るであろう」

「そ、そうなんだ。でもどうしてこんな事を……」

わらわの父である先代魔王は言った。『魔界史上最高の魔力を持つお前は、人類史上最悪の魔王となれ』と」

「っ……!」


 その言葉に剣に手をかける勇者。

 しかし魔王である少女からは、殺気はおろか闘気すら感じられません。


「しかし妾にはわからぬ。命を奪う事を悪と言いながら、戦争となれば推奨される。盗みは悪と言いながら、義賊という者達はもてはやされる」

「う、た、確かに……」

「暴力は悪と説きながら、勧善懲悪と言えば正しい事とされる。騙す事は悪と唱えながら、手品師は罰せられない」

「う、うーん……」

「そこで妾は悪の対極にある善を理解しようと決めた。究極の善を知れば、その対極に究極の悪があると思ってな」

「それで人助けを……」

「だがまだわからぬ。この治癒も喜ぶ者は多いが、薬を作って売る者からすれば仕事を奪われるに等しい。誰にとっても善とは言い難い」

「ま、まぁ、そう、かな……?」

「そこで勇者よ」


 魔王の氷の瞳が、勇者の瞳を真っ直ぐに見つめます。


「妾の対極にあるお主なら、何か答えを知らぬか。真の善とは何なのだ」

「えっ……」


 絶句する勇者。

 それでも必死に答えを探します。


「そ、そうだなぁ……。食べ物に困らないようにしてあげられたら、良い事かなって思うけど……」

「成程、飢餓の撲滅か。それは妾も魔王領で試してみた。気候に関わらず、一定の作物を実らせる畑を作ってみた」

「す、すごい……!」

「だがその結果食料の価値は下がり、農民は衣服などの生活必需品を手に入れる事が困難になった。新たに仕事を求める者も増えた。真の善とは言えぬ」

「そ、そうなんだ……」

「他にはないか」


 穏やかな、どこかすがるような魔王の言葉に、勇者は真剣に考えを巡らせました。


「え、えっと、それならお金、かな。お金がもらえたら、嬉しい人はいっぱいいるんじゃ……」

「それも試してみた。だが貨幣が大量に出回ると価値が下がり、物の値段が上がる。金持ちの資産を吐き出させるのに、多少の役には立ったがな」

「じゃ、じゃあ……」


 次を考えようとした勇者。

 しばらく考えた後、がっくりと膝をつきました。


「……僕は勇者失格だ……! 善について何もわかっていなかった……!」


 教会の床を悔恨で濡らす勇者の肩に、魔王の手が優しく置かれます。


「気を落とすな。魔王が善などと、戯言たわごとと切り捨てられても仕方のない問いに、真剣に悩み、答えを示そうとくれた事を嬉しく思う」

「魔王……!」

「良ければ今後も共に考えてはくれぬか。究極の善に至り、究極の悪となったその暁には、きちんと雌雄を決せられるようにな」

「うん! 勿論!」


 こうして聖女と呼ばれる魔王と勇者は、悪を極めるために善を極める事となりました。

 果たして二人は究極の善を見つけられるのでしょうか?

 終わりの見えない物語が、今幕を上げるのでした。

読了ありがとうございます。


一般的に善と言われる行いも立場の違う誰かにとっては悪となり、社会的に悪とされていてもある人からすれば善と捉えられる。

そんな事を考えて書き始めていたはずなのに、何故ラブコメの波動を感じるんだ?

ボブは訝しんだ。


お楽しみいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
本質的に食料生産とは、群れが日々を生きれる糧を得て、増える余裕を作ることです。 ですが一定の規模を超えた群れでは、全体の食料をまとめて作ることで効率良く量を確保する必要が生まれます。 自然任せの方法で…
お見事です。難しいことを楽しく分かりやすく、やっぱりラブコメちっくにスルリと書いてしまわれて。 脱帽です。
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