5 二択って外すと萎えるよね
外の世界探しを始めて、大体一ヶ月ぐらい経過しただろうか。
相変わらず進展はなし。
ここまでくると、もう一生この迷宮から出られないのではと思ってしまう。
いや本当に考えたくも、思いたくもない事なのだが、だんだんと現実味を帯びているのが怖いところだ。
まあ、今あまり気にしないでおこう。
否、気にしたら負けなのだ。
大丈夫、外の世界はある。そしてこの迷宮からは出られる。
なんの恐怖も心配もない、筈……うん……。
それはそうと、一ヶ月の間に色々とあった。
僕は前と比べて、かなり多くの魔法を習得した。
その数は十五。
なんと中には低級魔法ではなく、中級魔法も習得しちゃったり。
これも全て兄弟のおかげ。
あっ、そういえば今はゼラって名前があるのか。
いつの日だったかは忘れたが、この先ないと不便だろうと思ったので、僕が兄弟に名付けをした。
僕は軽い感じで付けたのに、当の本人はめっちゃ驚いていたけど。
なんか、わいはモンスターなんやぞ? とか言っていたが、兄弟はモンスターでも魔の物じゃない。
勇敢で偉大なモンスター、実力も、神に匹敵する強い心も持っている、と僕が説得すると、なんか照れくさそうにしながら喜んでいた。
ちなみにゼラの由来は、ゼラニウムという花から取っている。
一時期、断じて厨二病ではないのだが、花言葉について深く勉強していた時があった。
その知識を掘り起こして、真の友情という花言葉であるゼラニウムを兄弟の名前にした。
「ゼラ、か………最高にいい名前や!! 一生大切にするで!!! ほんまありがとうな兄弟!!!」
凄く気に入ってもらえたようだし、こっちも名付けた甲斐があるというもの。
よかったよかった。
あとはスキルについてか。
これは外の世界探しよりも進展があった。
まず僕は、治癒という低級魔法を習得した。
この魔法の能力は、痛みを多少和らげるというもの。
痛み止めの薬よりちょっと効き目がいいかな? って感じの魔法なのだが、この魔法のおかげでスキル発動時の頭痛を和らげる事が可能になった。
これにより、前よりも少し時間を延ばしてスキルが使用できる。
まあ、脳内に直接情報が流れてくる、あの気持ち悪い感覚がなくならないのは残念だが、頭痛がなくなるだけでもかなりの進歩だ。
取り敢えず、思考加速の魔法が使えるようになる迄はスキルと治癒の同時発動って感じ。
これが中々大変なんだが、それの説明はまたどこかで。
「そろそろ休憩にしようか」
「せやな」
僕たちは何処か休憩出来そうな場所を探して、外の世界探しの足を止めた。
ここ最近歩いたり、飛んだりばかりだったからな。
体中が痛いや。取り敢えず治癒しておこ。
「それにしても、中々見つからんなぁー。外の世界へ繋がるこの迷宮の出口。ホンマにあるんか疑ってまうわ」
「ああ、本当にそうだよな。これだけ探してるのに手掛かりすら掴めないなんて」
「どうする? 今日はここいらで止めにするか?」
僕の顔色を窺うようにゼラが尋ねてきた。
「いや、もうちょっと迷宮を探索してみよう。ひょっとしたら、今日こそ出口が見つかるかもしれない」
確率は低いだろうけど。
「分かった。ほな、もう少し頑張らんとな」
その後、三分程足を休めてから、僕たちは再度歩き出した。
■◆■◆■◆
「右か、左か。兄弟はどっちやと思う?」
「そうだな……」
休憩を終えて二時間程歩いた後に、僕たちはある壁に直面してしまった。
それは迷宮あるある、右の道と左の道どっちに進む? ってやつ。
これはかなり熟考しなければならない。
なんせこの場合、片方は確実に罠。
最悪道の先に待っているのは死だ。
外の世界に行く為にここで選択肢を間違う訳にはいかない。
「うーむ……」
僕は左右の道を交互に眺める。
たしか人間ってのは、右と左どっちって聞かれた際に心理的に左を選ぶ傾向にあった筈だ。
理由はあんまり覚えてないけど、利き足がどうのこうのみたいな感じだった気がする。
まあ今の僕は竜だけど、前世は人間だ。
直感的に左がいいと思えてしまう。
だがここは迷宮。
そういった人間の心理を逆手に取り、罠に陥れたりする所だ。
つまりは左に罠があり右の道こそが安全。
ここで選ぶべきは右の道一択だ。
一応、魂之叡智で両方見ておくが、現に答えは出ているも同然。
行くぞ、右の道!
「……えっ? あっまじ?」
「おん? どうかしたんか?」
「いやー……なんて言えばいいのか……」
ゼラの問に対して、歯切れの悪い回答をする僕。
魂之叡智を使った結果、やはり右の道に罠がない事が判明した。
それはいい、予想通りだからな。
問題は左の道の方だ。
「……一切情報が流れてこない。なんだこれ?」
不思議な事に、魂之叡智を発動しているのにも関わらずびっくりするぐらい情報が流れてこない。
「スキル発動」
適当に地面に向けてスキルを使う。
いつも通り、突如として頭の中に流れてくる情報の数々。
地面を構成している土に関する情報や、地面を歩いている小さなモンスターの情報、おまけに視界に映る外魔力についても。
間違いない、スキルは発動している。
だが、視線を左の道へと向けると、
「……止まった………」
何も流れてこない。
「さっきからどないしたんや兄弟」
「……取り敢えず、右の道は安全だよ」
僕は小さくそう返事をした。
「ほな進むのは右か」
「そうなんだけど……」
「ん? なんかあるんか?」
「それが――」
左の道の事をゼラに全て話した。
するとゼラはなるほどなと一言呟いた後、不意に低級魔法の水鉄砲を放った。
勿論狙いは左の道。
直後、まるで水面に石を落とした時のように、とぷんと波紋が広がった。
目の前の時空が歪んたように見えた。
「なんか……あるな…」
「たしかに………」
僕たちは少々今の出来事に怯えながら、何が起こったのかを整理していく。
まず、左の道にゼラが水鉄砲を放った。
普通なら道の先へと水が飛んでいき、何処かで着弾する。
けどさっきのは違う。
道へと放たれた水は直前で何かに当たり、目の前の空間に波紋を広げながら消えていった。
どゆこと?
「なあ、ゼラってたしかここの迷宮暮らしは長いんだろ? 今までこんな事あった?」
「少なくとも、覚えている限りではないな。てか、こんなおもろい現象忘れる訳ないで」
「だよな」
僕だってこんな現象を目にしたら忘れる訳はない。
「どないする?」
「そう言われてもなあー」
取り敢えず、右の道の安全は確定しているのだ。
ならさっさと右に進んで迷宮の出口、外の世界を探した方が全然いい。
変な好奇心を持って、よく判らない現象を調べるなんて下手すれば自分の身を滅ぼすだけ。
命は大事、一回きりの竜生。
生命活動が危ぶまれる行動ダメ絶対だ。
ただ、ダメなのは分かっているんだけどね。
知りたくなっちゃうよね。
「軽く調べて見るか。勿論、命大事に。やばいと思ったらすぐ右の道へ進もう」
「せやな。なんせわいらは――」
「勇敢で偉大なモンスター、でしょ。でも、勇敢だろうと時には逃げなきゃだ」
「ああ、そうやな」
という事で、左の道について少し調べる訳だが、さてさてどうしたものか。
取り敢えずは慎重に事を進めるとしよう。