11 雨天延期
昨晩、僕たちは念願の外の世界を見つける事ができた。
今すぐにでも迷宮を出たかったが、流石に夜は危な過ぎるという僕とゼラの意見で、出口付近で休息をとり翌朝日が昇った時にここを出ようということになった。
そんな訳で一晩明けた。
モンスターを警戒して魔法で作った簡単シェルターから顔を出し、外の世界の様子を伺う。
「うん。普通に雨」
僕はシェルター内へ顔を戻した。
そしてゼラに今見たことを伝える。
「めっちゃ雨降ってる」
「まじか……」
「流石に雨はなんかな……」
外の世界での記念すべき一日目が雨じゃあテンションもあんまり上がらない。
折角なら快晴、最悪雲があっても晴れがいい。
「もう一晩待つか?」
「そうやな……」
ゼラは唸りながら考え込んだ。
「色々と準備もしたいし、明日にするか」
「だね」
考えなしに見ず知らずの所に行くのは危険だ。
僕たちは何処を目指すのか、その為に何が必要なのか、そんな感じのことを今日一日話し合う事にした。
取り敢えず明日は頼むから晴れてくれ。
■◆■◆■◆
三日後、その日はとうとうやってきた。
今日の天気は文句の付けようがないくらいの快晴だった。
木漏れ陽が僕らを優しく照らしている。
風は比較的穏やか。
前日までの雨の影響もあり、水溜りに僕たちが映っている。
「僕ってこんな見た目なのか」
初めてしっかりと見る自分の姿に感心しながら、僕は目線を目の前へ戻した。
森、それが迷宮の外に広がっている。
「それじゃあ、準備は大丈夫だよね」
「ああ勿論や。やっとこの時が来た」
ゼラはうずうずしながら僕の隣へ跳ねてきた。
ちなみにキョメちゃんはゼラの体に縛ってある。
また勝手な行動されるとたまんないしね。
キョメちゃんはゼラの体が面白いのか、何度も突いて遊んでいる。
「えっと、まずはファンバニル王国を目指すんだよね?」
「ああ、人に見つからんようにな」
この間の話し合いの際、ゼラは真っ先にファンバニル王国へ行きたいと言っていた。
理由を尋ねてみると、なんでも昔の知り合いがその国にいるとか。
そこで一つ疑問が生まれた。
ゼラはたしか、ずっと迷宮暮らしをしていたんじゃなかったっけ、と。
まあ人間だろうがモンスターだろうが隠しておきたい事の一つや二つぐらいあるだろう。
僕だって転生した事を黙っているわけだし。
だからまあ、触れずにそのままにしておいた。
「ファンバニル王国はここを真っ直ぐ行った所にあるんだっけ?」
「多分な。まあ道を進めばいつかは辿り着くやろ」
「それもそうか」
さて、ここで話し合うのもこのくらいにしておいて、そろそろ外の世界へ行くとしようか。
なんだか緊張してきたな。
「それじゃあ――」
「ああ」
「キョメー!!」
僕たちはみんな同時に、外の大地を踏みしめた。
久しぶりの土の感触だ。なんだか感慨深い。
この風の感じも懐かしい。
また一歩、さらに一歩と僕たちは歩みを進める。
「なんだか気持ちええな」
「分かるよ」
「キョメ」
そして迷宮から五メートルほど離れて、僕は足を止めた。
ふと思い付いた事があったのだ。
「どないしたん?」
「いや、ただ気になった事があって」
「うん?」
「スキル発動」
僕の気になった事。
それはこの迷宮の名前だ。
折角の生まれ故郷なのだ。あるのなら名前の一つぐらい知っておかないと。
「……グレイシア迷宮、か。色々と世話になったな」
そうして僕たちは再度足を進めた。
僕は心の中で故郷に別れを告げ、そしてある事を思った。
今後もし名乗る事があるのなら、故郷から名をもらってユウ=グレイシアと名乗っていこう、と。
■◆■◆■◆
三日前、ある少女は森を駆けていた。
少女の長い黄緑色の髪が右へ左へと靡いていく。
息を切らし、額には汗が滲んでいる。
何故少女は森を駆けているのか。
それは黒ずくめの二人組みに追われているからだ。
「ハァハァ……どうして……僕が………」
少女は静かに呟いた。
自身の現状を嘆くように。
そして息を殺し、近くの木に身を潜める。
黒ずくめの二人組は目を凝らし、何処かに隠れているであろう少女を探し始めた。
「……ハァ……ハァ」
少女は自分の口を手で塞ぎ、気配を消して、二人組をやり過ごした。
と、思っていた。
「見つけた」
「――ヒッ!?」
突如として少女の肩が力強く掴まれる。
そして彼女と黒ずくめの人物の目が合った。
逃げようと少女は足を動かす。
しかしそれは無駄に終わった。
黒ずくめの人物に肩を引っ張られ、反対の手で体をガッチリと抑えられた。
「逃げても無駄だよ」
低い男の声が囁かれた。
「ヒヒヒ……近くで見るともっと可愛いな……」
恐怖で少女の目に涙が浮かぶ。
「味見して――」
「やめとけ」
もう一人の黒ずくめの人物が少女の前に現れた。
「でも兄貴……」
「でもじゃねえよ。そのガキは世にも珍しい妖精族だ。普段捕まえている売女みてぇな獣族たちとはわけが違う。しかもまだ幼いとなると、豚共からたんまり金を貰えるだろう」
「珍しいからこそですよ兄貴。こういう時に味見しないと、次にいつ巡り会えるか」
「んなことは関係ねぇ。傷一つ付けてみろ、貰える額も半分以下だ。それに俺たちは女とヤリてぇからこの仕事をしてる訳じゃねぇ。金の為だ。金が入れば奴隷市場だろうが、風俗だろうが、好きなとこに行ってこい」
「へい……」
「それじゃあお嬢ちゃん」
少女の目の前にいる人物が彼女に向けて手を翳した。
魔法陣が浮かび上がり、紫色の煙が放たれた。
「大人しくしてくれよな」
煙を吸った少女の意識が徐々に薄れていく。
数秒時間が経つと彼女は眠りについた。
「いっちょ上がり」
少女はとある魔法を刻まれて、ゆっくりと袋の中へ詰められた。