7.井出と情報
夜であればありえないのだが、昼間のメイン通りや繁華街内は比較的安全であり、観光地化されているのでそこまで目立った犯罪は起きにくい。つまり、私の役割は犯罪の抑止である。警察官の目の前で呑気に犯罪を行うものはいない。やる時は基本私目的の犯行であるか、周りを見てなくてたまたまやってしまったパターンである。要するに基本は無いのだ。
実際にメイン通りに来てみると華舞伎町らしからぬ華やかなイメージが目の前に繰り出されていた。
「やはり、昼間は危なくは無さそうなのだな」
安全であることはいいことなので、私としても少し気を緩めながら仕事ができる。
ガッツリとした警察官の服装なのでもちろん視線は受けるし妙に避けられたりもする。これが今日の私の仕事なのだから当たり前だ。多分この中にも犯罪者予備軍は1人くらいはいそうだが心の中を読めるわけではないので判明させることは不可。いずれ対面するであろう。
それにしてもここ最近は観光地化が進んだため、いろんな店が出店してきているようにも感じる。特に飲食店が多いと見受ける。
そうこうしていると正面に私の見た事のある者が見えてきた。
その名は井出晴人。なかなかダンディな格好をしている。
彼は私を見ると少しへっぴり腰になって、こう話してきた。
「この前はどうもすみませんでした」
以前の威厳はどこにいったのやら。これには理由がちゃんとある。事情聴取中彼は職業をこう言っていた。
「キャッチ」と
もちろんキャッチは禁止である。あの時直ぐに言えばいいのではないかと思うだろうが私も事情聴取してから気づいたことであり、普通にそのまま話を進めていた。犯罪には当たらないのでよかったが、完全に麻薬のことで頭がいっぱいで忘れてたのである。田村さんは職業を聞いている時前科の確認をしていたので知らず、事情聴取の紙を見て発覚。怒られたのだ。もちろん事情聴取のあと店に連絡がいき、指導が入る結果となったのだ。
「私もマヌケだったから何も言えんな」
そう言うと彼は普通通りの喋りになった。
「まぁお互いあの時は他のことで考えが追いつかんかったからな、しょうがない」
「井出さん。あなた店から怒られたでしょ」
「当たり前だよ。なんでキャッチって喋ったんだって超怒られましたよ」
「私も上司から怒られましたから」
「警察官の兄ちゃんも大変ね」
そう。指導が入って1度対面しているので実質これで会うのは3回目。こんな短時間でよく会うことだ。
「そういえばあの事件何かわかったのか?」
彼も当事者の1人であったが、川崎のことは事件と認められたからには基本事項以外秘密にしないといけない。
「悪いが言えない」
「そうだよなやっぱり」
わかってたのか。そう思うと次の言葉で私は恐怖を感じた。
「川崎康太も共犯者の顔を覚えていないもんな」
「!?」
「なぜ知っているって顔か。こちとらこの世界にコミュニティはある。そのくらいの情報は入ってくるさ。俺も出どころは知らないけどな」
どこからその情報が漏れた。
「井出さん、あなたどこまで知っているんですか」
「一応これだけだよ」
そこまで情報は出回っていないようだ。よかった。
「驚かせてしまった謝罪として重要な証言をしよう。」
「なんだ」
「あの喧嘩は多分仕組まれたものだ。無意識に俺に喧嘩をするようにな」
仕組まれた?どういうとこだ
「詳しく言おうか、彼を誰かと喧嘩させたくて俺が標的になってしまった。彼は酒を飲まされていて自己判断機能は鈍い。プロの犯罪者達がそんな操り人形みたいなやつを喧嘩に仕向けるのは容易だ。」
「彼が騙されたのは私達も考えている」
「ほぉ、じゃあ核心を付けたのかい?彼が使われた理由」
「いや、まだだ」
「ふぅーん。じゃあまた会おうか」
「おい、まだ話は終わってない」
「残念ながらこの先の話を確信持って言えるほど信頼のおける情報はまだない。今言ったところで正答率65%の解答だぞ。あんたは正規のルートでこの事件の真相を探りな。俺は俺なりのルートで調べるよ」
「なぜそこまであなたが調べる」
「こっちは犯罪に使われたんだからね。全貌は知っておきたい。それだけよ」
そう言うと消えていった。
この巡回は私にとって重要なものとなった。
その後形だけは巡回をしていたが、頭で考えていることはあの事件のことだけ。あそこまで言われてしまうとこちらもちゃんと調べてみたくなるものだ。探偵ではないので個人で調べることはほとんど無理に等しい。この格好で調査するとまともな調査なんてできやしない。表立った情報の早さは私だが出回っていない情報は彼の方が早い。結論に辿り着くのはどちらが先なのだろうか。
交番に戻っても何となく上の空な私。
井出の言っていたことが気になる。核心を持てるほどの情報はないから65点。つまり何となくでわかっているということだろう。彼が使われた理由が。そして、彼曰く、喧嘩になるように仕組まれたということからわかるのは、最初から彼を切り捨てる気でいた。もしくは、彼が途中で何かやらかして首を切られる形で起きたことかどちらか。
後者はたまにある。詐欺グループと協力した受け子や実行犯が警察に捕まりそのまま大元のグループから完全に切られるパターン。この場合はそれとは少し違いそうなので前者となるのか。そうなると考えられるのは個人情報を奪うことが目的だったのか?
それだけの割にはやりすぎなのではないだろう。彼がどこまで確信を持っているか知らないが、個人情報の件は多分知っているはずだ。てことは、これは核心ではないのだ。
証拠も何もないのでただの個人の考えに過ぎないから考えるのは一旦辞める。
もう帰って良い時間なので帰ることにした。
「お疲れ様です」
「うん、お疲れ」
定型文でのやり取りを終えたあと私は自宅へと戻った。