35.不出と推理
シェリーだと思った電話は全く違う人間からのものだった。こいつは誰だ。
「俺が何者かくらいは説明すればわかる。あの広場の人間でほとんど姿を見せない者。そして、あの広場の中ではかなりの権力を持つ者」
「あの広場でほとんど姿を見せない権力のある?」
俺は鈍い頭をフル回転させた。過去を一生懸命振り返る。誰なんだこいつは。俺が何者か知っているとのことだが、記憶には無い。いや、こいつの事を俺は結衣ちゃんから聞いた。
「広場には序列があります。上に行けば行くほどあの広場では出会えませんし、犯罪に手を染めていることが多いです」
そんなことを結衣ちゃんは言っていた。こいつ広場での序列がめちゃくちゃ高い奴だ。
「お前あの広場のカースト上位の奴か」
「言い方がダサいな…意味合いは合っているけども。そう俺はあの広場を牛耳る側の人間」
なんで俺はこいつから電話がかかってきたんだ。
「そんな人間が何用だよ」
「時間無いだろう。簡単にすまそう。まずはそいつらを捕まえてくれてありがとう。俺もそいつらとの関係を持ちながら警察に突き出すタイミングを見計らってたところだよ」
「は?お前が?」
「そいつらの素性についてだけど、多分そいつら昼は何かしら働いている。昼に連絡ついたことがほとんど無いんだ。しかも、どこかにちゃんと住んでいる」
急に情報は吐き出し始めた。こいつらが働いているだと?昼は普通の一般人だとでも言うのか。
「なんでそんなことがわかるんだ」
「仕事してないなら連絡つくだろう。しかも、俺が電話した時に今日は仕事が忙しかったとかいうことをほざいていた。夜かけた電話を逆探知した時にほぼ毎回華舞伎町にいたから、どこかに住んでいる」
「そんなことが…てか、なんでお前があいつらを警察に突き出すなんてことを。お前ら牛耳る側の人間は犯罪に関わること多いんだろ?」
結衣ちゃんはカースト上位の人ほど犯罪に関わることが多いと言っていた。ならばこの男もそれに当てはまるはず。なのに、なんで正義の味方みたいな事をしてるのだ。
「俺らがグレーゾーンにいないと広場の子供たちはより犯罪に手を染める。広場の子供達が被る可能性があった犯罪を俺らが代わりに請け負ってるんだよ。そうでもしないと子供たちが危険な目に合うからね」
「え??」
「表からは先生が子供たちを助けて裏からは俺みたいのが子供たちを助ける。表立ったところからだけで全てを救えるなんて綺麗事は存在しない。汚れ役がいるの」
自分たちの意思で汚れ役を買っている。しかも、夜回り先生がこの存在を知っている。この電話番号は夜回り先生から聞いたんだな。嫌われる立場かもしれないけど、彼はそれを承知の上で役割を請け負っている。それだけ気持ちを強く持っている彼に俺は最初威圧的な態度を取ってしまった。申し訳ないことをした。
「そんなことだとは知らずに威圧的な態度を取って申し訳ない」
「いいんだ。俺の仕事はそういう感じだから」
世の中綺麗事では片付けられない。この事件はこの言葉を強く俺に刻み込む。
「とりあえずそいつらとっ捕まえてくれてありがとうね。また話せる日を楽しみにしてるよ西達志」
「あぁまたいつか」
とても短い電話だった。このタイミングでかけてきたということはどこかで俺を見てるのだろう。恐ろしいものだ。
「未来ちゃんごめんね。待たせちゃった」
「あなたは…誰」
「夜回り先生のところの人だよ。椎菜ちゃんに助けを求められてここに来たの。大丈夫?怪我は無い?」
「うん。大丈夫。椎菜…迷惑かけちゃった」
こんな状況にいたのだからメンタルバランスは乱れているだろう。どうにか落ち着かせて一旦婦警の方に預けた。上に友達がいることもちゃんと伝えた。それにしても蹴られたところが痛い。あんなに思いっきり蹴りやがって。ただじゃ済まさないからなあの男。
「達志君」
「え、あ、はい!」
声の主は田村さんだった。
「あ、田村さん。ありがとうございました。もう少し遅かったらやばかったです」
「無茶なことをしたな。だが、1人の女の子を助けようとしたその気持ちは賞賛に値する」「思ったより早かったですね」
「達志君が交番に来た時から構えてたからだ」
あの時から構えててくれたとはありがたい。
「なんで確実に呼ぶかも分からないのに用意をしててくれたんですか」
「太田に顔向けできないだろう。太田は亡くなった。あいつの友達を死なせてしまったら俺はあいつの墓に行く資格もない。絶対守らないといけなかったんだ」
「田村さん…敦の墓に一緒に行きましょう今度」
「そうだな。その時は笑ってあいつの元に行こう」
敦の遺言はここまで予想してたのだろうか。あいつは一体何を考えていたんだ。
「奥に子供がいました!」
考え事をしたら聞き捨てならない言葉が聞こえた。連れてかれる子供を見るとあのタバコを持ってた少年だった。彼は特に何事もなさそうだった。安心した。どうやらこれでタバコの事件は無事に全部解決したのかもしれない。怪我はしたので一応病院へは連れてかれるのだろう。どうせあの病院だ。矢島組も出入りするあの病院。井出さんと夜回り先生に続いて俺もあそこにご用になるとは。あの病院とは縁があるようだ。
「達志君。一応署まで来てくれるかい?その後病院に行こう」
「はい。田村さん」
俺は田村さんに着いて行った。その後の流れは想像通りだった。田村さんに事の流れを説明して、ある程度話終えたらそのまま病院へ直行。何やら色んな検査をされて特に重い怪我もなかったので、そのまま解放された。田村さんからは無茶したことを多少怒られたが、敦に似てるとも笑っていた。タバコの事件はこれで解決した。これで少しはあの街を掻き回すことができたかなと思ったのだが、結果は想像以上に掻き回したというものになった。
事件解決後も結衣ちゃんと広場に出入りして夜回り先生の事務所も訪れる。事件当日電話をかけてきたあの人の正体は全く教えて貰えず
「何となく知ってるくらいでいいよ。他言はしないでね」
とだけ言われてしまった。他言するには責任の伴いそうな内容なだけに、そう言われて違反をする気は無い。タバコの事件を解決したことで燦々広場の投稿はネットでちょっとバズってしまった。俺が事件を解決した瞬間のビルの画像を椎名ちゃんは撮影して投稿。普段は腫れ物扱いされている広場の子供が事件解決にひと役買ったことで、一般人と広場の子供たちの狭間も若干縮まった。いいことづくしなのはそこまで、俺は嫌な事に直面している。それは組織の人間に追われる機会が増えてしまったことだ。歩いててシェリーから電話のかかってくる機会が明らかに増えた。このタイミングで組織に狙われる機会が多くなったということは、あのタバコの事件が組織に繋がっていたということ。こちらも真相に近づいてきたようだ。俺は事件を解決出来るかもしれない。
「家から出るな…ねぇ」
俺は週末の夜にも関わらず家から出ていない。あの広場に出向いていないのだ。さっきシェリーから電話があった。
「西達志あなたとてつもなく探されてるわよ」
「まぁ…タバコの事件が組織に繋がってたというこなんじゃないですかね」
「それは多分間違いないわね。今日組織の人間らしき人物がいつもより多いわ。今日は家から出ないことをオススメするわ。私たちでは守りきれないもの」
「それは従います」
外に出たらやばいと言われたらそりゃ従う。外に出ることは出来ない。俺はふとタバコの事件を思い出した。
「蹴られた場所はまだ痛い」
大した怪我では無いものの、外傷を負わされた事実は変わらない。ただ、なんで奴は蹴ることしかしなかったんだ。俺は1度も殴られていない。蹴りに自信があった?それだけの理由で拳を封印するだろうか。蹴る方が大変だろう。体格差や人数差を考慮したら殴りかかった方が楽だろう。奴らはそうしなかった。
「手を使うことに抵抗があった…のか」
奴らは手を使うことを躊躇う理由があると仮定しよう。その次に考えられることとして「仕事で手を使うため、傷められない」ということ。電話の男が奴らは昼は仕事してると言っていた。
「手を使う仕事なんてものでは選択肢はあまり絞れないよな」
手を使う仕事は思いの外多い。
このヒントだけでは答えは導き出せない。
やつらはこの街に住んでいる。仕事と結びつけると住み込みの仕事をしているということになる。
この事件以降俺へのヘイトが高まっていることを考えると、あのロシア人達は組織の仕事を手伝っていたということ。昼の仕事が違法なものなのか合法なものなのかも判別はできない。
だが、いいところまでは来ている。もう少しでロシア人の職業はわかると思う。
「てか、組織ってロシア人の集まりなのか?」
ロシア人の親元はロシア人と結論付けるのは急かしすぎだろうか。
ロシア人の犯罪集団と捉えれば一番矛盾がないものとはなるが、それにしてはロシア人が華舞伎町に多発しているという感覚はない。
田村さんの話でもロシア人が多発して事件を起こしているという発言はなかった。
「なんか繋がってきたけどあと一押し」
各方面いいところまで情報はあがっている。あとはこれを結び付けする決定的なものがあればいいのだが、そんな上手くはいかない。
敦が亡くなって以降俺が行ってきた調査は全て組織に繋がっている。つまり、シェリーに出会ったところから全て思い返せば何かがあるあず。
何かなかったか。組織に繋がるような見落としは。
「なにかが・・・何かがあるはず」
あの広場、夜回り先生、燦々広場の投稿、井出さんのお店の女性のコピー、タバコの事件。思い返しても今ある情報が得られるだけ。
「なんか他にあったっかなぁ。あ!」
俺は1つ思い返してみて1つの違和感にたどり着いた。
違和感と呼べるほどの物ではない。
だが、これがもし本当であれば全てが繋がる。俺だけで判断はできない。
井出さんにこれを聞いてもらった方がいい。
俺はすぐに電話をかけた。
「もしもし井出さん」




