20.登場と再調査
「邪魔するわよ」
俺達の目の前には気の強そうな女性が現れた。
俺の知り合いではないとなると、井出さんの知り合いなのだろうか。
俺は井出さんに目を配ったが、井出さんも同様こちらを向いている。
ここから導き出される答えとしては、目の前にいる女性は2人とも知らない人なのだ。
「あの…あなたは」
井出さんが先陣切って聞いてくれた。
このタイミングで現れる人なんて録な人ではないはず。
「私が誰か…ね。あなた達には手紙が届いていたはずよ」
「手紙ですか?」
「そう。井出晴人。あなたの手に持っているそれよ」
「警察の兄ちゃんの手紙のことだと!?」
一気に警戒心が高まった。
これは敦が死ぬ前に送ってきた手紙のはず。
この手紙の存在を知っているとなれば、一連の事件に関わる何者かであることが確定。
「まだ俺たちの問いに答えていない。あなたは誰だ」
こんな状況でも井出さんは物怖じしていない。
「その手紙を届けた者」
「な!」
「そして、井出晴人。あなたの店の警備をしてる組織の者よ」
「あぁ…まさか…はぁ…」
井出さんがため息をついている。
俺だけ状況が理解できない。店の警備となると警備会社の人間と考えるのが普通だろう。
だが、井出さんの反応を見る限り普通の警備会社の人間では無い。
俺は井出さんに答えを聞いた。
「あの、井出さん。彼女は」
「ん?あぁそうか知らないか。彼女はうちの店のケツ持ち…簡単に言えば極道の人だ」
「店の警備ってそう言うことですか」
「そう。しかも、この人たちの組は華舞伎町全体を仕切る都内有数の組織なんだよ」
全容を把握した俺は彼女をもう一度見た。
肩書きが急に威力を発揮したため、一気に恐ろしい人に見えてしまった。
極道の人が何故敦と繋がりがあるのだろう。あいつは警察官である。表の人間がこんな裏の人間と一体どんな関わりが。
「全容が見えないんですが…」
俺は若干怯えながら声を出した。
彼女はそれに応えてくれた。
「見えなくて充分よ。さて、私の紹介は井出晴人がしてくれたことだし。補足とここに来た最低限の説明はしようかしら」
俺はまだ聞きたいことが山ほどあった。
手紙のこと
事件のこと
敦のこと
それらを聞きたくても何故か聞けない。
もしかしたら今からの説明で明かされるかもしれない。淡い期待を胸に話を聞くことにした。
「そうね。まず私は華舞伎町を拠点にする矢島組の者よ。表立って行動せず、隠密な時にのみ活動する立場の人間。だから極道なのに女なのよ。警戒されにくいし極道だと思われないから」
俺だってアホではない。
彼女の言動から1つの情報を導き出せる。
隠密な時にのみ活動する人間。それはつまり有事のことがあった。それに関わるのが敦だ。
「で、その手紙だけど私が太田敦から依頼を受けてあなた達のポストに投函したの。郵便局は通さずにね」
「なに!?敦が!?」
俺はてっきりこの手紙は敦が届けたものであり、その存在をこの人がたまたま知ってるだけだと思ってた。そうでないとなれば話は変わってくる。
「察しがよければいいのだけれども。私がここに来るように言ってきたのも太田敦よ。私達がこの事件に首を突っ込んだように思ってるかもしれないけど、巻き込んだのは彼の方よ」
「そんな…」
情報が整理つかない。険しい顔をして必死に頭を働かせている間にも井出さんは涼しい顔をしていた。
「お姉さんや。では、これだけは聞かせてもらおうか。あの警察の兄ちゃんは本当に死んだのか?」
「死んだ」
即答された。
敦は本当に死んだ。この女が来たことで敦が生きてるのではと一途の希望が見えたが、呆気なくその希望は消えた。
「太田敦が死んだから私がここに来たのよ」
「警察の兄ちゃんが死んだから?それはどういう」
「それはまだ言えない」
腑に落ちない。
敦は何を考えていたのか皆目見当もつかない。
この女が来たことで謎が生まれ、その謎が勝手に深まっている。
敦が手紙でここに来るように促した。そうして俺と井出さんは出会うことになった。
そうなることが分かっていたこの女は待ち伏せをして俺達と接触してきた。
何がしたいんだ敦は。
「ここまで謎ばっかり投げててもあなた達からの信頼を失うだけね」
「よく分かってらっしゃる」
井出さんはやはり裏の人間。極道にも食ってかかる。
「太田敦からの伝言よ」
「敦からの…」
「俺はこの事件を解決したい。やつらはこの事件に首を突っ込んだ人間を始末する気だ。これ以上死なせる訳にはいかない。そのために事件解決を手伝ってくれ井出さん。そして、達志。この伝言を女性から聞いていたら俺は死んでいる。井出さん、達志。あなた達を死なせたくない」
敦らしい言葉だった。
間違いなく敦の言葉。
急に敦との思い出を思い出した。
今はそんなことで感傷に浸る場面では無い。
敦は俺たちに敵から狙われていることを教えてくれたんだ。
「まだ作戦を教えることは出来ない。だが、やってもらうことはある。井出晴人」
「はい?」
「お前はまず怪我を直せ。この病院はうちの組が警備にあたる」
「日本一安全な病院ってことね」
「次。西達志」
「は、はい」
極道から命令を受ける人生を歩むとは考えもできなかった。
心臓が想像以上に速く鼓動する。
何を言われるのか想像つかないことの恐怖を体全体で感じている。
「川崎康太について引き続き調べろ」
「え?」
敦がやってた川崎についての調査を俺が引き継いでやれと言われたのか。
「おいちょっと待て!こいつは警察でも裏の人間でもない!そんな危ないことはさせなくていい!治ったら俺がやる」
「井出晴人。お前の怪我を待ってる時間は無駄よ」
「くっ…」
「1度命を狙われた身だぞ?迂闊に動けば今度こそ殺される。そうなると困るのだ」
「くそ…」
井出さんに死なれると困る。
なんでそう断言しているのかは一切不明。
今回の事件解決において余程重要な存在とされていることはわかる。
「西達志。川崎康太について引き続き調べてくれるな?」
俺はこの命令に従いたくは無い。
自分から命を捨てに行くようなものだし、裏の世界に足を思いっきり踏み込むことになる。
そんな命知らずなこと誰がやりたがる。
だが、これは亡き親友敦からの頼みだ。
俺も少しは調査に関わった身。優先順位は低くともじっとしていればいずれは殺されるはず。
敦からの最後の頼み「事件を解決してくれ」。これを遂行するのが死んだ友への最後の返答だ。
あいつにも何か考えがあるはずだ。
死んだら天国であいつに文句を言ってやる。
「やります」
「おいお前!いいのか!」
「井出さん。これが友からの最後の頼み。これに答えてやりたいんです」
「そうか……」
井出さんは俺の回答を尊重して引き下がってくれた。
「話が早くて助かるわ。安心しなさい。できる限りの警備は行う。簡単に死ぬようなことにはさせないわよ」
「ありがとうございます」
「2人ともやることが決まったわね。何かしら伝えることあったらあなた達の携帯に連絡するわ」
教えてもない携帯の連絡先に連絡してくるとは甚だ理解不能ではあるが、教えてもない住所に郵便を投函してくる人達だ。それを思えば驚きは無い。
「ちなみに私は組織の中でも滅多に表に出ない者。名前を教える訳にはいかない」
「それは困る。連絡が来ても名乗られなければ俺達もあんたかどうか判別できない」
井出さんの言う通りだ。現状誰も信じることができないため、急に名無しの連絡が来ても相手にするという保証は無い。
「それもそうね。じゃあシェリーとでも言っておくわ」
「それには何か理由が?」
「井出晴人。レディに詮索しないことよ。理由なんて自由なものよ。昨日飲んだウイスキーがシェリー樽なだけ。深い意味なんて必要ない」
「それは失礼」
「それにしても本当にあなた達似てるわね」
偽名を名乗ったら彼女は病室を後にした。
彼女は何者なのか。
その答えは当面出ない。
「達志くん…彼女のことどう思ってる」
「いや、上手く信じれないというか」
「そうか。とりあえず彼女は本物の人だよ」
本物の人という表現がピンと来なかったが、極道であることが本当だと伝えたいのだろう。
「そんなことより本当に川崎について調べるのか?」
ギリギリまで井出さんは俺が川崎について調べることを反対していた。
それがいかに危険な行為であり、一般人がやる必要のない行為であるということを重々承知しているためであろう。
「敦からのお願いなんです。じっとしていても殺されるかもしれないので最後まで抗ってみようと思います」
「へぇ…そこまで肝が据わってるなら大丈夫だろう。最強の護衛もいる訳だしな」
井出さんにも勇気を付けられて俺は病室を後にした。




