ドラゴンの正体
「結界に綻びがなく、マティス様が関知していない以上、今現在ヒナ以外のドラゴンはこの世に存在しないと推測されます」
「そんな……」
マティスだけでなく、ずっと喧嘩腰のリディの結界にも絶大な信頼を置いている事がわかる。
はっきりと言い切ったロベルトからは、その言葉に対する自信が満ちあふれていて、間違いではないのかと追求する隙さえなかった。
言葉を失う陽奈子に対して、言いにくそうにしながらロベルトが更に言葉を付け加える。
「それにドラゴンの出現というのは、召喚の失敗によるものが常なのです」
「え……?」
「つまりね。全員が全員、ヒナちゃんの住んでいた世界と同じ場所から来たかどうかはわからないけど、少なくともこの世界とは違う場所から、不完全な形で呼び出されてた生き物が、自我を失ってドラゴンになり暴れ回るの」
「今のところ、番で召喚された事例はありません。両性具有という特徴も見られませんし、この世界で繁殖できるはずがないのですよ。この世界の純粋な生き物として、新しいドラゴンが孵化する事態は、あり得ない」
「だからこそ、世界の守護を任命されてたアタシが結界を張って、脅威となる侵入者が現れないか見張っているの」
「リディさんの結界は、その為に……?」
「そうよ。成功した場合は元の姿のまま召喚士の元に呼び出されるけど、失敗してドラゴンになった場合は、結界の外に出現するっていう規則性があるから」
そう説明を続けるリディさんに、マティスとロベルトも深く頷いていた。
陽奈子はドラゴンに関しての事実を聞いて、きっと三人とは違う感想を抱いて、ぞっとする。
この世界においてドラゴンの出現が、自然発生ではなく召喚の失敗によるパターンばかりだとする。ロベルトやリディの言葉を聞く限り、事実そうなのだろうと思う。
とすると、ドラゴンという種族は別の世界から来た異邦人であり、自我をなくして巨大な身体で無作為に暴れ回るのなら、確かに世界を滅ぼす脅威でしかないという言い分もわかる。
だけど、この世界に突然放り出されて、ドラゴンとしての実体験を現在進行形でしている陽奈子からすれば……。
何も知らされず何もわからず、別の世界に召喚されたことにすら気付かずに、見知らぬ場所で今までの自分とは全く違う姿になったまま、身体の使い方もわからず他の人とのコミュニケーションも取れずに退治されてしまった人々が、これまでに沢山いたのかもしれないと言う前例に他ならない。
昨日の一日だけで、一生分の怖い目や危険な目にあったのだ。
陽奈子の場合は、逃げられたから良かった。
目覚めた時に出会ったのが、優しいマティスだったから良かった。
(でも、そうじゃなかったら?)
最初に出会った強そうな人間の騎士様が、ドラゴン退治のエキスパートだったら、きっとあの場所で陽奈子は何も知らないまま、殺されていた。
キメラ達の存在に気づくのがもう少し遅かったら、もっと巨大なキメラの集団だったら、生きていくのに大切な縄張りに近づいた脅威に対して、もっと死に物狂いで挑んできただろう。
そうなったら、ただの女子高生の陽奈子に、対抗する術なんてなかった。
そして、マティスではなくロベルトに最初に出会っていたら、問答無用であの氷の刃に貫かれていたのは明白だ。
どれだけ陽奈子が幸運だったか理解すると共に、「そうじゃなかったら」という想像は、どれも悲惨な結末しかない。
そしてきっと「そうじゃなかった」人が、過去に沢山いる。
リディは陽奈子と同じ場所、つまり地球から来る人ばかりとは限らないって言っていた。もしかしたら、「人間」とは違う生き物だという可能性もある。
けれど、異世界と呼ぶような場所が他にもあったとして、そこで平和に暮らしていたのに突然呼び出されてドラゴンになってしまったとしたら、結果は同じだ。
元の場所がどこかだとか、人間だったかどうかなんて、関係ない。
もしかしたら本当に、「世界を滅ぼしてやろう」と考えたドラゴンも、いたかもしれない。
元々住んでいた世界でも、同じように人々の脅威となる存在だったのかもしれないし、召喚に失敗した結果がドラゴンへの変化だというのなら、姿が変わった絶望で「この世界なんて消えてしまえ」という願いを抱いたかもしれない。
ドラゴンが世界の脅威になる「かもしれない」は、確かに沢山浮かぶけれど、それと同じだけ陽奈子と同じような状況に置かれて、震えていた人達がいたのかもしれないと思うのも、止められなかった。
リディは、ドラゴンの姿になると自我を失うと言っていたから、人間の頃の思考が残っている陽奈子の方が、イレギュラーなのだろう。
それでも、元は陽奈子と同じ境遇に陥った「誰か」なのは確かだ。
会ったこともない知らない人に起った不幸な事だと、割り切ってしまえる程、他人事にはとても思えなかった。




