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騎士団長の座は渡しません7 ローランドの憂鬱

 ウェルムス公国宰相ガーデニウム・ロインには三人の息子がいる。


 長男エリヤはウィルムス公国公子であり、次期大公と噂されるローランド・ガートランドの側近で、その哀愁を帯びた美貌で太陽のような美貌を持つローランドの人気と競り合いを見せるかと思いきや、父親同様冷酷無慈悲の頭の切れるその内面から敬遠されているとは本人も知らない。


 次男フィアードは国家騎士として最も誉のある近衛騎士団に所属する騎士である。大公の側を離れず警護する仕事柄、まず家に帰ってくることはない。長い休暇があっても旅行に行くなどタフな青年で、その見た目は母親似で少年のようにあどけない可愛らしさを有しているものの、中身はやはり父親似のブリザードを内包することから、令嬢たちから人気がないかと思いきや、こちらは「ギャップ萌え」という少女たちの精神的病(せいしんてきやまい)のおかげで絶大な人気を誇っている。


 三男アリアは勇猛果敢にして真心の人である。実直で心根の優しさから文官を目指していたものの、エリヤの勧めで騎士になり、今はローランド付きの青の騎士団に所属している。実はエリーゼとも面識がある。彼女にはベッセルというミドルネームを教えた。アリアというのは女子の名前で、母親の女の子が絶対に欲しいという願いから、生まれる前から決まっていた名前なのである。母の願いは正しく理解して尊重するものの、可憐な令嬢に自己紹介するときには使いたくない名前だということも母に理解して欲しいアリアだった。


 つまり、宰相の息子のうち二人はローランドの最も近しいところにいる人物と言えた。

 そして今日も執務室にいるローランドの側には背後で壁のように身動きせずに護衛の任に就いているベッセルと見た目だけならば公国随一のエリヤが眉間に皺を寄せてローランドがいた。


「殿下、やはりスパイは公女の手のもので間違いないでしょう」

 エリヤの報告にローランドはため息をついた。


 ウィルムス公国大公には三人の後継者候補がいる。

 長男ローランド、次男バースタイン、そして長女サリィである。バースタインは本人自身は後継となることを拒否しており、その後援者たちが勝手に後継争いを推し進めているだけなので問題行動はさほどないのだが、サリィの陣営は苛烈な攻撃を仕掛けてきている。


 ローランドの毒殺未遂、暗殺未遂、社交界でのハニートラップなどなど、攻撃の種類も増してきているが、沈着冷静、完璧な才能、感情の読めない鉄の仮面を身につけているローランドの城壁を崩すことは難しい。


 今回の非公式でのリリトリス王国への訪問での襲撃が快挙と言える打撃だったくらいだ。

「リリトリス王への訪問の内容は悟られていないのだろうな」

 ローランドの問いにエリヤは頷いた。


「そこまで漏れてはいません。物見遊山で向かわれたと思われているようですね。呑気なものです」

 心底敵を馬鹿にしたようにエリヤは言い、書類をローランドへ渡す。

「今回のリリトリス側との交渉はうまく行きました。こちらが予算案と各方面に影響する傾向と対策、市場値の予想を記したものです」


 ローランドに書類の説明をしながら、エリヤはチラッと弟を見た。

「ヒビノ鉱山は我が国の命綱だからな。ここを狙う周辺各国を牽制するにはリリトリスと組むのが一番手堅い。本来なら自国の警備は自国でできるのが一番だが、小国故大国の盾を借りることが最善の道でしかない」


 悩ましげにローランドは言った。

「父上には報告してあるが、ご苦労、の一言だ。もっと労って欲しいものだな。それに、そろそろサリィの処遇について決めてもらわねば。こちらの仕事の邪魔をされるのは我慢の限界だ」


 暗殺だけなら対処できる。ローランドは優秀で、そんじょそこらの策略や暗殺計画などハエを払うよりも簡単に対処できる。だが、足元をすくおうとする輩に容赦はしない。その例外がサリィだ。父親である大公の愛情を一身に受け、我が儘で自意識過剰に育ってしまった。自分の能力を過信するのは勝手だが、国を危険な目に合わせるのは許せない。


「早くエリーゼに会いたいな」

 ぼそっと呟いたローランドにエリヤが片眉を器用に上げ、ベッセルがハッと表情を崩した。

「ベッセル、その後の調子はどうだ」

 背後を振り返り、ローランドがベッセルに顔を向ける。


「とても調子が良いです。エリーゼ様の癒しの力は世界広しと言えども、彼の方にしか持ち得ないものだと思います」

「そうだろうな。根性で魔力を使えるんだから、大したものだ」

 思い出したようにローランドは表情を和らげた。


 そんな主人の様子にエリヤがまた眉を寄せる。

「調べたところ、リリトリスの第三王子は他の令嬢と浮気し、その濡れ場、いえ現場をエリーゼ嬢に目撃され婚約破棄に至ったようです。ですので慰謝料がわりにリリトリス王が彼女の留学のスポンサーを申し出たという話です。私は彼女をこちらの陣営に引き込むことには反対です。リリトリスの息のかかった者など、排除して然るべきです」


「そうか、浮気されたのか。あの純真なエリーゼだ。浮気現場を見てしまうなど、心に傷を負ったことだろうな」

 ローランドはふう、と息をついて宙を睨む。

「私なら婚約者をとことん甘やかして何重にも結界を張ったカゴの中に閉じ込めるのにな」


「殿下、あなたには婚約者がいますが、そんな扱いをしているところを見たことがありませんが」

「当たり前だ。煩わしい婚約者など見るのも不快だ」

 言っていることが矛盾している気がするエリヤだったが、つまるところ、エリーゼ嬢を気に入ったのだな、と理解して思案する。


 ローランドがエリーゼなる令嬢を一の騎士として側に置こうとしている以上、周りを固めるのは側近の務めだ。令嬢の背後を徹底的に調べるだけでなく、直接見て判断しなければならない。おまけに弟のアリアまでエリーゼ嬢に心酔している様子だ。油断すれば騎士団全体に影響が出るかもしれない。

「エリヤ、お前はもう調べたんだろう?」

 何を、と言われなくとも分かっている。


「はい。エリーゼ嬢が剣を握った理由は婚約者の王子を守る為だそうです。一番近くにいる人間が王子を守れなくては話にならない、というお考えで稽古を始めたそうですが、とうの第三王子には疎まれていたようですね。リリトリスにおいて剣を握る女性など皆無だそうで」


「そんな健気な女性を疎むなど気がしれないな。自分の為に戦おうなんてする勇気ある令嬢は見たことがないぞ」

 いるにはいるのだが、ローランドの目に完全に入っていないだけだ。

 そう告げるべきかとも思ったが、些末な事なので黙っておくエリヤだ。


「しかし、あの剣の腕はただ者じゃないぞ?」

 ローランドの言葉にエリヤは頷いた。

「リリトリス騎士団、白薔薇の騎士ユーリシスが師匠だそうです」

「あの剣豪が、か」


 若くして騎士の中の騎士と謳われる青年だ。その美貌もさることながら、彼に切れない物はないと言われる確かな剣の技術と粘り強い剣技を可能にする化け物じみた体力。どれをとっても世界一と言われている。

 だが、一匹狼という噂で、つるむことをせず、騎士団という中にあっても孤高の存在だ。

 その彼が弟子を取るなどあり得ないことだった。


「どうやらエリーゼ嬢の兄君が彼と懇意にしているとかで、その口利きがあったものと思われます」

「友情のためか。なるほどな。あの細腕ながらエリーゼの剣は際立っている。令嬢なのに疾走すれば男よりも早い。並々ならぬ努力の賜物だろう」


 同じ剣を握るものとして、その努力は評価するべきだと思う。

 ローランドは彼女の額に触れた自分の唇を無意識に触っている。


「いけませんよ」

 唐突にエリヤが言った。

「なんだ?」

「だから、いけません」


「お前には超能力でもあるのか」

「あります。あなたの考えることなど魔力がなくても分かりますがね」

「俺の願いを叶えてくれるのが側近の仕事だろうに」

「いくらなんでも、エリーゼ嬢を婚約者に迎えるなど、私の力では不可能です」


「できるだろう?」

「騎士団に入団させるかでも悩ましいのに、婚約者などもってのほか」

「リリトリス王の息がかかっていなければいいのか」

「ええ、もちろんです」

 断言した側近にローランドは笑った。


「エリーゼは騎士になりたいそうだ。だからまず、それを叶えてやらねばな」

 どうやって甘やかしてやろうか。

 普段表情の変わらないローランドの夢見心地な顔にエリヤが深くため息をついた。

 ローランドの甘ったるい計画など見たくも聞きたくもないエリヤだった。






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