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騎士団長の座は渡しません5

 エリーゼが健やかに目を覚ましたのは爽やかな朝日の差し込む優美な内装の部屋の寝台の上だった。

 見覚えのない調度品は華やかで美しく、エリーゼの住んでいた屋敷とは真逆の装いだ。堅牢で実用性を優先するコンスタンテ伯爵家はどこかの要塞のような屋敷で有名だった。


 慣れない優美な空間にエリーゼは首を傾げる。

「お目覚めですか、エリーゼ様」

 しっとりした優しい声にエリーゼは部屋の入り口を見た。


 黒と白のメイド服を着た侍女たちが部屋に入ってきた。

「昨日はご到着後もお目覚めにならず心配しておりましたが、お顔の色も良く、お健やかなご様子、安心いたしました」

 侍女はエリーゼの前で頭を下げる。

「初めまして、私はエリーゼ様のお世話をさせて頂くルシアでございます」


「初めまして、エリーゼです」

 挨拶には挨拶を返す。

 自然に体が反応したエリーゼだったが、ここがどこかも分からない。


「ご安心ください。こちらのお屋敷はウィルムス公国宰相ロイン卿の屋敷でございます」

 エリーゼの不安をすぐに察知してルシアは説明してくれる。

 昨日、眠ったままのエリーゼをローランドがここへ届けてくれたらしい。どうやってエリーゼがこのロイン卿の屋敷に世話になることになっているかを突き止めたのかは分からないが、助けた礼と宝石を残していったらしい。


「お身体は失礼ながら眠られている間に拭かせていただきましたが、朝一番に湯浴みをされるのも気持ちが良いものですよ。これから、いかがですか」

「お風呂、大好きなの!でも一人で支度できるから案内だけでいいです」

 エリーゼは侍女たちに有無を言わさず浴場に連行されたのだった。


 泡泡の湯船に押し込まれて丁寧に髪を洗われ、体も磨き上げられてから香油を塗られ、身支度が整った頃にはお腹の虫も騒がしくなっていた。

 良い匂いがする自分の体をクンクン嗅いでから、エリーゼは満足気に微笑んだ。

 質の良い石鹸や高品質で何度も嗅ぎたくなる良い香りの香油はエリーゼにとっても心躍るものだ。


「エリーゼ様、旦那様がご挨拶をしたいと食堂でお待ちです」

「はい、すぐに行きます」

 侍女に案内されて向かった食堂は晩餐会でも開かれるのか、と目を疑うくらい豪華で広かった。そしてエリーゼが最も気に入ったのは緑あふれるテラスの存在だ。よく見るとテラスへと繋がる天井までガラス張りの開口部の美しさは言葉も出ないほどだ。贅沢で品が良く、そして技術の高さに眩暈がしてくる。


 ウィルムス公国の芸術の素晴らしさは聞き及んでいたが、工芸と建築の融合、そして技術の高さと複雑な意匠は匠の生み出す傑作なのだ。

「エリーゼ嬢は建築物に興味がおありのようですね」

 落ち着いた低い声で話しかけられて我に返ったエリーゼは慌てて淑女の礼を取った。


「ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。エリーゼ・サマーラン・コンスタンテでございます、閣下。この度は快く私の受け入れを承諾して下さり、感謝しております」

「さすがは伯爵令嬢だ。所作が美しい。あなたのお噂は聞き及んでいます。聡明で気立が良く、魔法も使えるとか。そんな眉唾な話はないだろうと正直疑っていたのですが、実物を見て納得しました」


 ウィルムスの宰相は年齢よりも若く見える。エリーゼが兄と呼んでも差し支え無さそうな見た目で短く刈り込んだ銀髪と青銀色の瞳が印象的だった。

「おっと、名乗りもせず失礼した。私はガーデニウム・ロインです。リリトリスの国王とは知己でね。彼にあなたのホストファミリーになってくれないかと言われた時は驚きましたが、私には息子しかおりませんので、これは娘を得る最高のチャンスだと思い、イエスと即答しましたよ。そう言うわけですので、私を父と思って、存分に甘えてください」


 穏やかながら、ハキハキした口調でガーデニウムは言った。

「身に余る光栄です、閣下」

「これから私がウィルムスでの父になるのです。閣下は止めましょう。それにもっと砕けた口調で話しましょう。家族になるのですから」 


 家族、を強調して彼は微笑んだ。

「そうだな。私のことはレイムお父さんと呼んでくれないかな。レイムは代々当主が引き継ぐ名前でね、公のものではない分、親しみが湧くでしょう?」

「レイムお父様ですね」


 エリーゼが呼ぶと彼はグッと拳を握りしめて目を閉じた。

「えっと、お父様?」

 呼ぶとガーデニウムは目を開けた。優しい瞳がのぞいている。


「良いねえ。たまらない。女の子の父というのはなんて素晴らしいのだ」

 感激した様子でガーデニウムはエリーゼを見つめた。

「レイムお父様はお仕事で忙しくされていらっしゃるから、お屋敷に戻られることもあまりないと聞きましたが」


「そうだねえ。でも、君がここへ来たからには早く帰ってくるからね。一緒に夕食を食べよう。朝は早く出ることもあるから一緒に食べられない日もあるかもしれないが、食事はなるべく一緒に取りたいと思っているんだ」

「ありがとうございます、レイムお父様」

「うんうん、良いんだよ」


 彼をよく知る者が見れば目を疑うような珍しい光景だが、エリーゼは知らない。

 優しいお父様で安心したわ、と嬉しそうに微笑む姿にガーデニウムの眉は下がりっぱなしだ。


「さあ、食べながら話そうか」

 用意された食事はどれも美味しく、ガーデニウムの話も面白い。

 エリーゼは楽しいひと時に昨日の出来事を忘れそうになっていた。


「ところで、昨日、こちらへ君を連れてきてくれた御仁なんだが」

 そう切り出されて、はた、と動きを止めたエリーゼはガーデニウムを見た。


「君を騎士にしたいそうなんだが、それは本当に君の希望することなのかな」

「はい。今まで考えたこともなかったのですけど、昨日お会いした男の方からお誘い頂いて、そういう道も開かれているのだとしたら、とてもやりがいのある事だと思いまして、申し出を受けることにしました」


「そうか。しかし、エリーゼ、君はリリトリスでは高度な教育を受けていただろう。その上で、こちらの最上位の大学院へ進む道も用意してある」

 ウィルムスの工芸や建築技術を学部ことは楽しそうだと思う。しかし、エリーゼは騎士になるという道を見つけてしまったのだ。

 そして、騎士になるのならば最高位を目指す。つまり、騎士団長になるのだ。

 夢は定まった。

 あとは実践あるのみ。



 

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