騎士団長の座は渡しません3
エリーゼはローランドからウィルムスにおいての騎士の立ち位置を聞いておく。
リリトリス王国に女性の騎士はいないが、ウィルムス公国には存在する。騎士といえども様々で、貴族の家のお抱え騎士から、大公を守る国家の騎士がいて、大公に仕える騎士は貴族からしか選ばれない。だから国家騎士団に入ろうと思うと、貴族の養子になってから騎士団の養成所に入る。そこから選りすぐりの騎士が選ばれ、青の騎士団、赤の騎士団、黒の騎士団に入団する。いつまでも養成所から出られない者もいるらしいのだが。
今回のローランドの申し出は家のお抱え騎士であるらしく、安心しろ、とエリーゼは言われた。その時の彼の臣下の何ともいえない表情が気になったが、あえて誰も何も言わなかったので気にしないことにした。
ガタガタと揺れる馬車の中で、最初に治療した黒髪の青年の顔色が悪くなっていることに気が付いて、エリーゼは彼の額に手を当ててみる。血まみれの服や肌は綺麗にすることができなかったのでそのままになっているが、顔色が悪いのは気のせいではない。
「熱があるみたい」
「平気です。お嬢様もお力を使いすぎて熱があるのでは?」
彼は夜の海のような深い紺色の瞳を優しく細めてエリーゼの手を離した。
熱があるのを見抜かれて、エリーゼはわずかに動揺した。顔に出ているのだろうか。
いついかなる時も感情を表に出さないように教育されてきたが、根が素直で感情豊かなエリーゼには難しいことだった。やはり顔に出てしまうのか、とドキドキしていると、具合悪そうに青年が身じろぎした。
「お名前を教えて下さい」
「俺はベッセルです、お嬢様」
彼は上半身だけでも騎士のように敬礼してくれる。
「ベッセル、そのお嬢様というのは止めてくれない?ただのエリーゼだから。それとね、私、根性はある方なの」
「根性、ですか」
ベッセルは困惑してエリーゼを見、そして主人であるローランドを見た。彼はいつもはその冷酷な表情を変えない人物だが、今は楽しそうに表情を変えている。そんな主人の変化を引き出したであろうエリーゼに視線を戻して、彼は自分を見つめる真っ直ぐな瞳に胸を打たれる。
何とも言えない力を宿した瞳だ。
「本当は禁止されているのだけど」
そう言い置いて、エリーゼは短い呪文を唱えた。
広範囲に光が降り注ぐ。
温かな優しい光がそれぞれの体に染み込んでいく。
「どう、して」
ローランドが目を見開く。
「ちょっと根性出したら、こんなものよ。でも、マズイみたい」
エリーゼはそう言うなり、コトっと力を無くして倒れ込む。すかさずローランドが彼女を腕に抱える。
見るとスヤスヤと寝息を立て始めている。
「殿下、この方は」
「ああ、聖なる力を持つ者のようだ。それに、噂を聞いたことがある。リリトリスの第三王子の婚約者には聖女の力があると」
「そんな方がどうして……」
「さあな。しかし我々には僥倖。このまま連れ帰り、俺の監視下に置く」
光に触れた途端、怪我も不調も吹き飛んだ。
そんな便利な力が野放しだとは俄に信じられないが、ローランドは己の幸運に微笑んだ。
「エリーゼ、あなたは公国一の騎士になれるぞ」
腕の中の令嬢は健やかな寝息で答えた。