第36話 跡を濁さぬための古巣への帰還
アキト様と話をしていたためか、私はいまの教会の状況が気になってきました。
私がいなくなっても問題ないようにしてから、この森の調査をしにきたので、アキト様やシルビアさんが言っていたような、私がいないことで大変な状態になるということはないはずです。
回復魔法なら他にも使える人はたくさんいますし、魔獣から町を守ることも王族と対立することも、フィル王女様と勇者たちにより、教会が心配する必要は無くなったはずなのですから。
「ですが、私も一応は元聖女として教会のことが気になるんです。ですから教えていただけませんか?」
『なに勝手に聖女であることを辞めようとしてんのよ。あんたほんとそういうところよ』
まだお力が戻ってないので、私にだけ聞こえる声で女神様が返事をしてくださいましたが、そういうところってなんでしょうか?
『首をかしげないの。あんた無駄に顔立ち整ってるからさまになっててムカつくわ』
「え、私の顔立ち整ってますか? アキト様にもらっていただけると思いますか?」
『だから……ほんとにそういうとこよ』
女神様が早くもお疲れの様子です。やはり、まだお力が不足しているのでしょうね。
『もういいわよ。それで、教会の様子ね。一応あんたの次の聖女はもう決まっているし、働いてるわよ。私の加護は与えられなかったし、私の声も当然聞こえてないけど』
「そうなんですか。てっきり候補は見つからないと思っていたんですけど、誰が聖女をやっているんですか?」
『リティア』
私はその名前に覚えがありました。
『あんたの元後輩、元勇者のリティアよ』
名前が同じだけの別人かと思いましたが、やはり私の知っているリティアのようです。
おかしいですね……彼女はそういうしがらみを嫌う性格だと思っていたのですが。
『まあ、私としてはあんたたちのやることに口出しするつもりはないから、どうしたいかはあんたが決めなさい』
そう言うと女神様の気配が消えてしまいました。
私と話終わるといつもお疲れのようなので、女神様が心配です。
「じゃあ次の聖女ってアリシアの知ってる子なんだ」
「ええ、そうみたいです。ところでアキト様、私のことをもらってくれませんか?」
「ちょっと話が飛躍しすぎてるから、その話はまた今度ね。そっかあ、アリシアの知り合いなら安心だね」
断られなかったので、またいつか私をもらってくれるようお願いしてみることにします。
「たしかにリティアは優秀な子ですから聖女としての働きは心配ありませんが……がんばりすぎてないかが心配ですね」
「一度教会に行ってみる?」
「え! 私と式をあげてくださるのですか!」
「その話もまた今度ね。今ならアリシアが町に行っても大丈夫なんじゃないかな?」
アキト様と結婚式をあげる……
あ、いけません。鼻血が……
「あー、今日はここまでだったか……」
アキト様が苦笑していますが、私はすでにアキト様と誓いの口付けをすることを想像し、私の愛が鼻から溢れるのを止めるのに必死でした。
「これさえなければかわいい……いや、アリシアの場合はこれも含めてかわいいのかもね」
ああ、せっかくのアキト様の言葉が耳に入ってきません。
しばらくの間私は回復しても出続ける鼻血の処理でいっぱいいっぱいでした。
「アリシアよ。お主時々ものすごくもったいないことしとるぞ……」
◇
あれからアキト様はみんなで教会に行かないかと提案してくださいました。
私が気にしているのを心配してくれたのですね。優しいお方です。
ですが、アキト様を森の外に連れ出すと、きっと大騒ぎになってしまいます。
せっかくのお心遣いですが、その提案を受け入れることはできません。
「悩みます。教会……というか、リティアの様子は気になりますが、様子を見に行く間アキト様と離れ離れになってしまうのは辛いです」
うんうんと神狼様とシルビアさんはうなずいてくれました。
みなさんアキト様と離れることの苦しさを共感してくださっているようです。
ここにくる前は森の王や竜の王と共感し合える関係になるなんて思いませんでした。
「ルピナスが見てくるです?」
ルピナスさんがそんな提案をしてくれますが、あくまでも私の都合なのでそれは申し訳ないです。
「ルピナスさんはすごいですね。アキト様と離れてしまうというのに、私の代わりを務めてくれると提案してくれるなんて」
「ルピナス、人間さん大好きです。でも聖女さんも好きだからがんばるです」
なんて良い方なんでしょう。
私だけでなくルピナスさんも聖女をやるべきです。今度女神様に提案してみましょうか。
『あんたほんとそういうところだってば!』
? 女神様の声が聞こえた気がします。
「ですが、ルピナスさんにばかり負担をかけたくありません。私もルピナスのこと好きですから」
嬉しそうに私の周りを飛んでくれるルピナスさんを見ると、やはり頼りっきりはよくないと思えます。
「やっぱり一度私が町に戻った方がいいのでしょうね」
田舎で狩猟をしていたときも、王族の勇者だったときも、思い立ったらすぐ行動するのが私です。
教会のことを他の人たちに任せてこの森の調査にきて居着いたのも、直感による行動からでした。
ですが、その次はきっとないんだろうなと思います。
ここでの生活が楽しいので、次の場所に居る自分というものが想像できません。
なら、今まで好きに生きてきた後始末ではないですが、過去の居場所の様子くらい見ておいてもいいのかもしれません。
「アキト様。私やっぱり一度教会に帰ろうと思います」
「そっか、くれぐれも気をつけてね」
アキト様は心配そうにしながらも、私を送り出してくれました。
……ルピナスさんにはそんなことしてなかった気がするんですが、もしかして私はルピナスさんより危なかしい存在だと思われてます?
少しだけ腑に落ちない気持ちを抱えつつ、私は久しぶりに森の外へと出て行きました。
◇
「むぅ」
ルピナスがぺしぺしと胸を叩いてくる。頬を膨らませてるので、いかにも怒ってますといった様子だ。
「ど、どうした? ルピナス」
「人間さん。ルピナスのときは森の外に行くの心配してくれませんでした」
ああ、そういうことか。いや、ルピナスを蔑ろにしてるとかじゃないんだよ。
「それは……ルピナスなら、安心して送り出せるしなあ」
最初に噂を流してもらった時こそ心配したけど、ルピナスは十分頼りになる存在だと認識を改めている。
だから、わりと暴走癖のあるアリシアのほうが、なんか危なっかしいと思ってのことだ。
「アリシア、普段はちゃんとしてるけど、たまにちゃんとしてないからね」
「……それなら許すです。ルピナスはやればできる子です」
頬から空気を出していつものルピナスに戻った。どうやら納得してくれたようだ。
そしてすまんアリシア。ルピナスの機嫌を直すためにわりとひどいこと言った気がする。
「ルピナスはしっかり者だからね」
実際この面々で一番しっかりしてる気がする。
妖精ってもっと好き勝手生きてる存在かと思ってたよ。
「じゃが、アリシアは大丈夫かの?」
「大丈夫じゃない? アリシアもなんだかんだでしっかりしてるし」
シルビアまでここにいないアリシアをからかうつもりだろうかと思ったのだが、彼女の顔を見ると真面目な顔をしていた。
「いや、そっちは心配しとらんが、死んだはずの聖女が戻ってきたら、新しい聖女と対立して面倒なことにならんか?」
そういえばそうかもしれないな。
アリシアはそこまで……考えてないかもな。
面倒ごとに巻き込まれないといいけど、大丈夫だろうか。
わずかに心配になるが、すでにアリシアは森の外に出たらしいので、俺たちにできるのはアリシアを待つことだけだ。
あれから、一ヶ月が経過したがアリシアはいまだ帰ってきていない。




