君に贈るドレス。
夏が、迫っていた。莉音の体調は、嶺と入籍できた嬉しさもあって、すこぶるよかった。何度か、病室を、内緒で、抜け出し、看護士に、叱られる程、元気になっていたが、やはり、時々、不整脈を、訴える事もあった。最大の心配事もあったが、幸せだった。周りに、祝福される事。何より幸せなのは、嶺と、一緒に居れる事だった。
「ねぇ!」
莉音は、イタズラしたい気持ちでいっぱいだった。
「また、ぬけだしちゃいましょう?」
「また?」
「そう。今晩。」
「どこに?」
「お向かいの、教会で、今晩。お式があるの。」
莉音は、嶺を、みつめた。キラキラした綺麗な目だった。
「それでね」
莉音は、照れてた。
「見にいかない?」
病院の、反対側にある教会で、今晩結婚式があるという。莉音は、それを、見たいというのだ。
「あぁ・・・。」
嶺は、思った。入籍を、済ませたものの。まだ、式らしい。式は、済ませていなかった。心移植が、落ち着いてからか・・・。体調が、落ち着いてからとは、考えていたのだ。
・・・本当は、ドレスが、着たいのか・・・
「最近。体調いいみたいだし。」
莉音は、言った。元気な特別な笑顔だ。
「花嫁さん。見たーい。見たいでーす!」
莉音は、ふざけて、両手を挙げた。
「はいはい。」
嶺は、苦笑いした。ベッドの上で、莉音は、ピョンピョン跳ねそうなり、嶺は、あわてて、制した。
「まったく。連れて行くから・・。」
「あのね。たくさん。したい事があるの。ドレスも来たいし。」
早口で、まくしたてる。
「それと、そう・・・。8月の、花火も、行きたいの。それが、無理なら、嶺の言ってた秋花火!秋花火を、見てみたい!」
まだ、とまらない。
「それと・・・。えっと・・。子供も、たくさん。ほしい!」
「えーっ」
「照れないの」
「はいはい。お姫様」
両手で、莉音を、抱きしめた。
嶺は、返事しながら、ある考えが、閃いていた。
「それで、これなの?」
莉音は、うれしそうな声をあげた。しばらく、買い物に出て戻ってきた嶺は、莉音に、お土産と言いながら、紙袋を手渡した。おそるおそる開けてみると、そこには、シンプルな白いワンピースが、入っていた。
「サイズも好みも、良くわからないから。妹さんに、聞いたんだ。シンプルなワンピースなら、いいかと思って。それで」
嶺は、思いっきりだらしない顔つきになった。
「一応、これも、用意したんだ」
ベールと白いバラのブーケだった。
「結構、恥ずかしかったんだ」
照れながら、莉音に、渡した。
「今夜。行こうよ。遠くから、みながら、二人だけで、こっそり、式を挙げよう」
「うん」
莉音あh、頷いた。じんわりと、目が、潤んでいた。そして、嶺は、莉音の、額にかるくキスをした。夜までの時間が、楽しみになった一瞬だった。
夕方から、ショボショボと、冷たい雨が、降り出した。窓を、濡らし始め、事もあろうか、莉音の体調が、崩れ始めた。昼間、ハシャギすぎたのか、ベッドに伏せて、起き上がれないくらい脈が、不安定になっていた。
「無理しすぎたかな・・・。」
息が、苦しい。胸も・・・。苦しい息の中、莉音は、反省の言葉を、口にし、恨めしそうに、空を見上げていた。
「今日の、お式の人達は、大変ね。」
見知らないカップルに、同情し、そう呟くと、うとうとと、眠りについた。この日から、莉音の体調は、日増しに悪くなっていた。白いドレスも、頭上に、飾られたままになっていく。夏は、そこまで、迫っているのに、このままでは、楽しみにしていた花火大会も、病室の、窓から、見る羽目になりそうだった。
「もう、少ししたら、夏も、終わるのね」
哀しそうに、莉音は、言った。少しずつ、痩せていき、長い髪と色の白さが、莉音の、美しさを、はかなく映し出していた。
「もう・・。」
嶺は、莉音の、いない病院の、屋上で、何度、悲しみを、こらえたか・・・。
「もう。時間が、ないのか・・。」
時間が、そこまで、せまっていた、ドナーが、現れる兆しは、何処にも、なく。ついこの間まで、響いていた莉音の笑い声も、全くなくなっていた。あるのは、苦しい息の、莉音の息だけだった。
「莉音・・。」
嶺が、眠りにつく、頬に触れると
「ねぇ。嶺」
莉音は、うっすらと、目を開けた。そして、嶺を見上げた。最近は、寝たきりの状態が多い。
「お願いがあるの」
「何?」
「一緒に、花火を見たいの」
「この夏のは、無理だよ」
「だめ?」
「だめ。ごめん。この体調じゃ。無理させたくない」
「遠くからも?」
「無理させたくないんだ」
莉音の、瞳が、残念がった。
「じゃあ!秋花火。頭上で、見たい。」
・・・無理だよ・・・。と、嶺は、言いたかったが、言葉を、飲み込んだ。
「うーん。体調が、戻ったらね。」
嶺は、嘘をついた。
「約束」
「うん。約束」
莉音は、少しだけ、元気な、ふりをした。
「お願いがあるの。花火の時。ね?」
嶺の、腕を、握り締めた。
「お願い。その、服着て、行きたい」
莉音は、頭上のドレスを、指差した。
「だな。ブーケは、無理。恥ずかしい。」
「わかってるよ。」
「本当に、わかってるのかな?」
嶺は、笑った。秋花火まで、莉音は、持たないかもしれない。そう。不安な気持ちは、心の奥に隠したまま、莉音に、微笑みかけるのだった。
・・・本当に、莉音。君が、一緒に、見たいというのなら。叶えてあげよう・・・
嶺は、莉音の、願いを、叶えたいと思い始めていた。
・・・それまで、莉音。生きて・・・。