譲れない思い。
莉音は、落ち着かなかった。できれば、美央に、逢いたくなかった。嶺とは、一緒にいたい。けど、切なく嶺を思う美央の気持ちを、知れば知る程、傍には、居れないと、思えてしまう。どんな手をつかっても、奪えるものなら、奪うのが、愛情なのだろうか?莉音には、できない。そこまで、周りを、巻き込み、傷つけ、炎の激しさで、焼き尽くすように、相手を愛するなんて、そんな愛し方は、莉音には、できない。静かに、嶺の、傍らにいれるだけで、幸せだった時は、過ぎ、嶺の為にも、答えを、出す時期が、迫っていた。自分は・・・。どうなんだろう。そこまでして、嶺を、手にいれるべき、なのだろうか。もう、自分の恋愛は、終わりを告げており、その、幻想を追いかけているだけに、過ぎないのでは、ないか。美央の嶺を、追いかける思いに、自分は、かてない。若く、はつらつとし、自身に溢れた、美央の前に立てない。厳しい顔の、嶺の横顔を、みつめながら、莉音は、告げた。
「あたし。やっぱり、帰るわ」
嶺は、莉音を、見返した。
「嶺。いいの。あたしは、あなたを、思うだけで、幸せだから・・・。何の、欲もない。静かに、暮らせれば。」
玄関に、行こうとする莉音の、手を、嶺がつかんだ。
「莉音。このままじゃ、前に進めない。終わらないんだ。」
「だけど。」
・・・辛すぎる・・・
「一緒に、なれるの?」
莉音は、嶺の顔を見た。
「引き返せない」
嶺も、莉音の、顔を、見た。
「莉音。嘘は、だめだ。自分の、気持ちに嘘は、つけない・・・」
嶺の、視線を振り払い、外へ、出ようと、戸を開けようとした時、顔を、覗かせる姿が、あった。美央だった。
「美央さん?」
どこからか、借りたのか、スリッパをはき、当たり前のように、玄関の鍵を、シューズロッカーの上に、置くと、美央は、莉音に、微笑みかけた。
「いらっしゃい。」
自分と、嶺の家である事を、さりげなく、アピールしたようだ。美央の後ろには、拓斗の、姿が、みえた。
「嶺。帰ってたの?」
美央は、嶺の首に、抱きつくと
「心配して、拓斗が、来てくれた。」
莉音に、挑発的な、態度をとった。
「拓斗・・・。」
嶺は、拓斗を、みやった。
「ありがとうな」
とりあえず、礼を言った。
「ここに居ても、何だから・・・。熱いお茶でも、淹れるわね。」
何事もなかったように、美央は、リビングへ、入るよう、勧めた。
「あたしは・・・」
莉音は、中に入ろうとしなかった。
「ここで、失礼するから。」
脚が、中へとは、向かなかった。リビングの、向こうに、どこかの、看板が、光っているのが、真っ直ぐみえた。二人は、この夜景を、毎晩みているのだろう。ここには、莉音の、知らない嶺と美央の生活が、ある。窓が、開いているのか、カーテンが、風にゆれ、ベランダが、みえた。たくさんの観葉植物が、ベランダに並べられていた。
「ここには、来ちゃいけなかった・・・。」
声が、震えた。
「帰る」
「莉音!」
嶺は、引きとめようとした。
「嶺!行かないで!」
それを、美央が、引きとめた。
「そんなに!そんなに!莉音さんが、いいなら!」
美央は、ベランダに、飛び出て行った。鉢植えに、乗りあがり、柵を、乗り越えた。白いドレスが、カーテン同様、風にゆれていた。
「美央!」
拓斗も、叫んでいた。
「どうして、判ってくれないの。嶺。一緒に居ても、心が、なきゃだめだって、言ったじゃない。必要なの。嶺。こんなに、一緒に行きたいって、思っているのに・・・。だめなの?」
「嶺・・・。」
莉音は、首をふった。ここに、自分は、居ちゃいけない。でも、この、光景に、動く事は、出来なかった。
「嶺!美央さんを、止めるのよ!早く!」
莉音は、叫んでいた。
「嶺!」
早くしないと、美央は、本気で、飛び降りる。激しく動悸し、貧血がおきそうになった。興奮したせいだ。そう思った。
「莉音さん?」
一瞬、ベランダの向こうの美央と、目があった。気がした。嶺が、驚いた顔で、自分を、見た。
「莉音!」
嶺の、唇が、そう動いた。それが、莉音の、みえていた記憶だった。胸を、押さえ、莉音は、そのまま、床に、倒れていた。
「莉音!」
嶺は、莉音へ、駆け寄り、拓斗は、美央の、両手を、握り締めた。それぞれが、それぞれに、動いた瞬間だった。莉音の、苦しい呼吸だけが、続いていた。