美央への思い。
「いない。」
嶺が、マンションに着いて、ドアを開けるなり、呟いた。玄関で、美央の、履物を、調べると、履いていったらしき靴は、見当つかず、どうやら、裸足で、飛び出していったらしい。
「これ・・・」
部屋の、奥から、美央の物らしき携帯を、莉音が、見つけた。
「嶺。だから、言ったの。美央さん。赤ちゃんが、いるのよ。」
莉音は、もう、泣きそうになっていた。
「こんなの。嫌よ。嶺。もう、辛い思いするのも、させるのも、嫌なの」
何よりも、辛いのは、二人の生活の、痕跡を、ここで、目にするのが、辛かった。色の無かった部屋は、明るい色どりで、統一されていた。グレーの、タペストリーは、クリーム色のカーテンが、二重になり、グリーンで、縁取りされていた。キッチンなは、食器が、二つずつ並び、ハブラシも、2本あった。
何より、ショックだったのは、ベッドに、枕が、二つ並んでいた事だった。見ないふりを、してみたが、ここには、美央と嶺の、生活の、匂いがあった。
「何より、美央さんが、心配だわ。嶺。心あたりは、ないの?」
嶺は、黙って、キッチンに立ち、コーヒーを、入れ始めていた。そんな嶺の態度に、イラっとしながら、莉音は、詰め寄った。
「嶺?」
「あるよ・・。」
カップに注いだコーヒーを、莉音に差し出した。
「それは、言っていい事かどうか、俺は、判らないんだけど」
コーヒーを、一口、すすった。
「どおいう事なの?」
「美央の、俺に対する思いは、今、進行している思いなんかじゃないんだ。きっと。あいつが、好きなのは、昔の、俺なんだと、思う・・・。」
深くため息を、つき、遠く、思いを馳せた顔をした。
「ただ・・。俺に、対する執着なんだと思う。あいつは、そんなに、俺を、思っちゃない。」
莉音を、真っ直ぐに、みつめた。
「変ったんだ・・。きっと。莉音に、あって・・。それに・・・。」
嶺は、言うかどうか、迷っているようだ。
「なあに?嶺。」
莉音は、嶺の口元を、見つめた。
「うん・・・。まだ、はっきりは、言えない。あくまでも、推測だから。」
嶺は、カップを、置くと、莉音の細い腰を、抱きしめた。
「俺は、君を、裏切ってはいない。」
いつの間に、こんなに、莉音は、痩せてしまったんだろう・・・。嶺は、思った。こんなに、自分が、知らない間に、痩せてしまった。莉音を、苦しめる立場に、追いやった自分の、非力さをのろった。
「美央は、妊娠する事で、俺を繋ぎとめると、思ったんだろうか・・・。」
「!」
莉音は、体を硬くした。
「それは・・・。嶺」
「俺の子では、ないと思うんだ。」
莉音は、顔を上げると、そこには、無表情の、嶺の顔があった。
「そこまでして?」
怒りと悲しみが、込み上げてくるのを、莉音は、感じた。
「そうなんだ。そこまでして・・・。あいつは。」
「嶺。じゃあ、今、美央さんがいるのは。」
「・・・そこ。かもしれない。」
嶺は、美央の、行き先を、知っているので、探そうとしていないように、みえた。
「まさか。そんな事・・・。お願い。それは、あくまでも、推測でしょ?とにかく、探しましょう。」
莉音が、玄関に、向かおうとすると、嶺が、莉音の、腕を、後ろから、つかんだ。
「いいんだよ。」
嶺の携帯が、着信を、知らせていた。
「ほら・・・。来た。」
莉音を、見つめながら、嶺は、携帯を、耳にあてていた。
「はい?」
莉音には、みせた事のない。冷たい嶺の、横顔だった。