離さない、嶺の腕。
もう、とまらなかった。時間が、さかのぼり、あの頃へと、戻っていた。何度、思い描いただろうか・・・。何度、この腕を、想像し、この髪の、匂いを、思い出したことだろう。逢いたくても、逢えない。その辛さに、お互い、涙した。やっと、逢えた。そう、思った時、二人は、とまらなかった。今までの分、互いを、求め合う気持ちは、同じだった。嶺と、莉音の間に、もう、何も、邪魔するのは、なく感じられた。二人は、何度も、唇を、求め合った。
「嶺」
莉音は、どうして?と、聞きたかったが、嶺に強く抱きしめられ、言葉が、出なかった。
「もう、居なくなるなよ・・・」
嶺が、泣き出しそうだった。
「探したんだ。ずーっと。ずーと、探し続けるつもりだった。生きていてくれれば、それでいいと、思った。だけど、逢えないのは、辛い」
本当にやっと、逢えたんだ。そう、思うと、腕の力が、強くなる。
「もう、一緒にいたい」
嶺の、気持ち。
「嶺。嬉しい。けど。」
莉音は、嶺の、胸を、そっと、押した。
「その為に、泣かせる人が、いちゃ、いけないよ」
美央の、事だ。莉音は、美央が、嶺の子供を、妊娠している事を、知っている。辛くても、生まれてくる子供から、父親を、奪うわけには、いかない。哀しい決断をし、嶺の、前から、姿を、けしたのだ。
「知ってるの。」
「美央から、聞いた」
嶺は、美央から、莉音が、姿を、消す前に、あったやり取りを聞いた事を、告げた。
「俺の、子供の事なんだよね?」
莉音は、嶺の、目を、見つめると、うるんだ瞳で、頷いた。
「子供から、あなたを、奪う事は、出来ないから・・・。」
嶺の、そばに、行きたい。夫と、別れた今なら、それが出来る。でも、生まれてくる子供に、いったいどんな罪が、あるというのだろう・・・。嶺なら、きっと、いい父親になれる。自分は、その傍らに、いる事は、出来ないけど、遠くからでも、嶺の、良き父親の、姿を、見る事は、出来るだろう。報われなくても、いい。そおいう愛し方が、あっても、いいはずだ。
「・・・だから。嶺。ここで、お別れしましょう。逢えて、嬉しかった。あたし達、もう、昔とは、違うの」
莉音は、落としてしまった荷物を、広い集めた。
「やっぱり、だめよ。余りにも、周りを、傷つけすぎたわ・・・。あたしが、悪いんだけど」
精一杯、嶺に、笑顔を、作った。
「今なら、引き返せる。嶺。これ以上、周りを傷つけるのも、あたし達自身を、傷つけるのも、辞めよう。もう、連絡とるのも、やめましょう」
「できない」
「嶺!」
「美央を、愛する事は、できない・・・。だめなんだ。莉音」
嶺は、去ろうとする、莉音を、引き止めた。
「一番、傷ついてるのは、莉音。君じゃないか。もう、これ以上、傷つけたくない。俺と一緒に、帰って、欲しい。」
「そんな簡単な事じゃ。ないでしょう?」
莉音は、泣いていた。本当は、嶺に、ついていきたい。でも、それは、もう、一人の、女を、不幸にする。
「あなたは、わからないの?」
「わからない。判りたくないんだ。俺のわがままなんだ。でも、この我儘を、通して、ほしい。莉音。」
「通せない!」
嘘だ。莉音は、自分で、いいながら、思った。自分は、嶺に、強く受け止めて欲しいと思っている。でも、本当の、事は、言えない。
「莉音。一緒に、帰ろう。」
嶺は、莉音の、腕を、強くつかむと、歩き出した。
「帰るんだよ。莉音。俺の所へ」
嶺の、力は、強かった。迷いもなく、莉音の、手をひいていた。離して!と、莉音は、言いたかったが、いつにない、嶺の力強さに、戸惑いながら、莉音は、ついていった。嶺が、タクシーを、拾うべく、足取りは、強かった。