あなたに、逢う為に。
ずーと、時は、とまっていた。嶺と別れた時から、季節は、止っていた。心は、死んでいたと思う。あの、瞬間から。メールの無い時間が、耐えられなかった。絶え間なく、続いたメールは、別れた瞬間から、止まったままだった。あんまり、辛いから、受信メールの、内容も、散々悩んで、消去した。それでも、メールが、届くサインが、出ると、嶺かと思ってしまうので、紛らわしいお店の、メールとかは、着信拒否を設定したり、していた。こんなに、嶺のメールに、縛られているとは、思ってなかった。だから、仕事に専念しようと、思っていた。夫は、優しい。限りなく。かといって、今更、夫を愛するなんて、都合のいい事は、莉音には、出来なかった。殉死という言葉があるなら、自分は、嶺への愛に殉死したい・・・。そう、思っていた。そこへ。あの事故だった。嶺からの、メールを待つ心が、事故をよんだ。
「ずーと、意識が、無かったんですよ。でも、あの、ほら。背の高い。素敵な彼が来た時だけ、表情が変るっていうか・・・。」
うっすらと、事情をしっている顔馴染みになっている掃除のおばさんが、莉音に笑いかけた。
「いい男だもんね。」
「そんな・・・。」
多少の会話が、出来るまでには、回復してきていた。何とか、記憶をたどる。なんとも、鮮明なのは、嶺への刹那的な思い。そして、今だに、理解できないのは、夫の嶺への行動。認めたくない思いが強く、理解できない。夫が、嶺を刺した?いや・・・。誰も、そんな事は、言ってない。気が付くと、嶺の腕に、自分は、居て・・・。腕からは、おびただしい血。鼻をつく匂い・・。嶺は、何も言ってない。自分で、怪我しただけだと・・・。誰も何も、言ってない。でも、自分の、勘が、叫んでいた。あれは、夫の仕業だと・・・。莉音は、夫が、自分では、なく、嶺を、狙って、刺したと、思っていた。もし、そうだとしたら、自分のせい?夫を、あの、穏やかな、あの人を追い詰めたのは、自分。
「うっ・・・。」
莉音は、吐き気が、した。自分の、嶺への思いの影で、苦しんでいる人がいる・・・。やっぱり、幸せになんて、なれる訳がない。不倫なんだ・・。恋じゃない。何度も、嶺の別れを告げられたとき、そう、思い込ませようと、した。いや・・・。真実に目を向けようとしていた。・・・が、好きという感情に邪魔され、目を向けられないでいた。彼への、情に溺れ、周りを、見失っていた。あのまま、自分が、死んでいたら、夫は、馬鹿な事をしないで、すんだのでは、ないか・・・。嶺への、思いを、胸に、死んでしまうのも、良かったのかもしれない・・・。でも。莉音の、瞳の奥で、桜が。満開の桜が、横に流れていく・・・。もう、一度、逢いたいと、誰かが、呼んでいた。声が聞きたいと言っていた。桜が、何度も、咲いては、散り、流れていく中で、懐かしい声が、叫んでいた。
「莉音・・。戻れ!」
「誰?」
目を凝らしてみても、誰も、居ない。それでも、心は、叫ぶ。
・・・逢いたい・・・
そう、嶺に逢いたい。
莉音に、逢いたい。
お互い、逢いたかったのでは、ないか・・・。もう、一度、逢いたいと、そう思って、戻ってきたのでは、ないか。この恋で、誰かが、血を流そうと、もう、止められないのでは、ないか・・・。もし、傷つく人が、いるのなら、尚更、成就させなければ、ならないのでは、ないか・・・。莉音。この、戻ってきた命。嶺に捧げるべきだ・・・。莉音の心の中で、黒い感情が、頭を、もたげ始めていた。